島国大和のド畜生
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アーケードゲームの幸福
 前のエントリから一部質問の多かった、アーケードゲームの幸福に関して。
ゲーセンのゲームというのは、とにかく短時間でプレイヤーに100円突っ込んでもらうのが正義だったからこそ、解りやすくて、刺激が強くて、短時間で面白いものになるようにと進化した。
 これは、遊ぶ側も作る側も幸福だったと思う。
 これが何故幸福だったかという話。
 ちなみにこの幸福は「ゲーマー」と呼ばれる人種にとっての幸福。もちろん製作者にもゲーマーはいる。(ゲーマーの定義はまた今度。ゲーム貴族の定義ならこちら

 とりあえずアーケードゲームの幸福、比較の為にコンシュマとネットゲームの不幸を羅列してみます。

■アーケードゲームの幸福
アーケードゲームが商売として成り立つには以下のものが必要。

・面白そうな外観。
 アドバタイズや人のプレイを見ただけでコイン入れたくなるヒキが必要とされる。

・絶妙の難易度と説得力。
 理不尽に死んだプレイヤーは2度と遊んでくれない。何故死んだか理解でき、回避できそうなギリギリで死ぬのがベスト。

・短いプレイ時間。
 100円で粘られては利益にならないし、プレイヤーも長々と同じゲームで遊びたいと思っていない。

・高い満足度。
 プレイヤーが1度のプレイでつまらないと思ってしまったら、100円しか稼げない。
 短いプレイ時間で、満足でき、なおかつまた遊びたいと思わせないといけない。

・繰り返しプレイ前提。
 1回100円なので、何度も遊んでもらわないと稼げない。何度もプレイしたくなるだけのヒキを用意しなければならない。面白さの密度を上げるためにコストをかける。
 連コインしたくなるような面白さが必要。

・だが、上手い奴は100円で全部遊べる。
 これは実は日本だけで、特にアメリカとかは連コイン前提なんだけど。
 我々にとってゲームとは武士道のように道。「ゲーム道」なので(笑)、上手い奴には1コインでクリアできるように調整が必要。そういう(めっちゃ上手い)ヒーローがいるから、ほかの人もそれを目標にプレイできる。

 大雑把には上記な感じ。
 メーカーが商売になるように頑張ると、それはお客にとっても嬉しい方向への進化だったわけ。

(最近はそれでも商売的にキツイので、1回100円のゲームは減ったし、TCG、データ保存など、プレイに金のかかるゲームが増えてしまったけど。)

 ちなみに、アーケードゲームを買うのは、ゲームセンターの人で、プレイヤーとは別じゃん?て話もあるんだけど、実際殆どのアーケードメーカーは、直営店を持っていたし、そもそも、実際遊ぶのが1回100円と敷居が低いので、面白いゲームほど稼ぐ=ゲームセンターも面白いゲームが欲しいと、利害関係が一致しまくっていた。


■コンシュマーゲームの不幸
 アーケードゲームと比べた場合のコンシュマの不幸は、コンシュマゲームは売ってしまえば、終わりだったという事に尽きる。
 いわゆるイニシャルダッシュ重視。
 これは、中古市場によって加速されていく。

・とにかく宣伝と宣伝に使えるグラフィックが大事。
 初期ロット販売数で売上がほぼ決まる(romの特性)事から、売り抜けるのにもっとも確実なのは宣伝とグラフィックにならざるを得なかった。面白さは遊ぶまで解らないが、売上は遊ぶ前に決まる。

・とにかく、売れたもの続編を
 1つのゲームが、5千円~1万円近いわけで買う方も必然的に安心感を追う。
 売れるかどうか解らない新作よりも、実績のあるものの続編のほうが当然問屋も買いつける。
 発注する段階では、まだゲームとしての体を成していないのだから、そりゃそうなる。
 ロムカセットではリスクが高かったし、CDになってからもイニシャルダッシュが重要だった。

・とにかく、長く遊べるゲームを。
 家庭用ゲームは、ヤンキーの吹き溜まりだったアーケードと異なり、低年齢層の娯楽なので、時間/単価で優秀でなければならず、とにかく長く遊べるゲームが求められた。
 また、2次ロット以降の売上を見込むには、早い時点で初期ロットが中古市場に流れる事を避けねばならず、とにかく遊び終えるのに時間がかかるように調整されていく。
 とにかく中古市場が、ゲームのあり方を変えたのは嘘じゃない。
 もっと長くしろ、もっと難しくしろという指示を何度も現場で聞いて来た。

・ヘタクソを相手にする。
 言葉が悪いけど。例えば野球は、プロ組織があり、彼らがあこがれの対象として存在し、愛好家が同じように遊んだり、見たりする。愛好家がプロと同じようなプレイが出来る必要は無い。将棋とかもそう。
 アーケードゲームは、これに少し似て、上手いプレイヤーがあこがれの対象として存在し、普通のプレイヤーは自分なりに遊んでいればよかった。(連コイン)
 アーケードのコンシュマへの移植も同様。
 しかし、人のプレイに憧れるわけではないコンシュマ用のゲームは、誰でも遊べる、を出発点にしなければいけなかった。
 買ったゲームが最後まで遊べないと不愉快だ。という至極もっともな理由によってゲームというものが、能力採点装置ではなくなっていく。(知ってた?そもそもゲームって能力採点装置だったんよ?)
 ゲームの質的な変化はこの辺りから。


■ネットゲームの不幸
 ネットゲームは、開発、運営に莫大なお金がかかる。
 サーバとクライアントの両方のプログラムを組まねばならず、その同期をとる難度は高い。さらに何千人が同時に接続するため予想外のバグも発生しやすく、デバッグコストも大変高い。その上、運営として何人かが張り付いていなければならない。
 プレイヤーのデータが消えようものなら大騒ぎだ。
 どう考えても、パッケージゲームの3倍以上の客単価がなければなかなか回転しない。
 そのため、今まであったゲームと、基本的な概念で違うものとなる。

・粗製乱造
 とにかく開発費が高いので、コアエンジンを使い回して別ゲームとして公開するなどが多くある。
 小さく当てて大きく育てるのがベストと考えられているので、まず当たるまで粗製乱造する。(特に韓国産などは、一時期このタイプが多かった)
 粗製乱造が当たることはめったにないので、開発者もユーザーも不幸になりやすい。

・アイテム課金
 いわく、経験値をいくらで売るとか、強い装備をいくらで売るとか、アイテム枠をいくらで拡張とか。
 月額課金モデルのネットゲームが次々終焉していくのは、1000円程度で1か月遊び放題では、まったく採算が取れないから。
 そうすると、アイテム課金など、収益の為のシステムが必要になり、いわゆるゲーム的なコアもお金で解決するようになる。
(アリだと思ってるけど、最終的にいくらかかるか見えないゲームは手が出ねぇ)
 これを嫌うプレイヤーも多い。

・超長時間
 ネトゲ廃人と呼ばれる、いったいいつ日常生活をしているのか不明な人たちがおり、彼らはあり得ぬ速度、密度でゲームを遊びつくしてしまう。
 それに対抗するかのように、経験値は絞られ、アイテムドロップ率は低下し、とにもかくにも時間のかかるゲームデザインが主流となる。何しろ終わられてしまってはゲームが終わってしまう。
 普通の人がこれで遊ぶのは相当キツイといったゲームも多い。


■総括
 多分に恣意的な比較でしたが。
 というか「アーケードゲームのココが他と比べて良い」という文面なので「コンシュマのココが他と比べて良い」「ネットゲのココが他と比べて良い」も勿論簡単に書けます。

 実際、悪い例として出しましたが「下手糞を相手にしたゲーム」を作ることができたのは、コンシュマならではです。これがゲーム人口を莫大に増やしました。これは物凄い幸福でもあったと思います。

 見る角度によって、良し悪しは変わります。
 ネットゲームのアイテム課金とか「そりゃねーべよ」と俺とかも思いますが、アレはアレで新しい面白さを広げた例もあるんですね。

 ただ自分がもっとも遊んだゲームはアーケードゲームだし、人は10代の頃遊んだものを一番面白いと思うらしいので、その思いが強い。

 まーなんつーか、ただの主観バリバリ文章ですよ。
 客観性なんかは仕事だけで十分です。


 会社一泊して朝がえり。その前の日もなぜか寝付けず、60時間無睡眠。
 おかしーなー。寝ちゃ駄目なタイミングではかなり眠くなるんだが。
 ずいぶんイロイロと体の機能が壊れてきた気がする。やっべー。
 寝れねーからって、こんな無駄な長文を朝っぱらから書いてるのもナニだ。

2008/09/23(火) 06:47:02| 固定リンク|ゲーム| トラックバック:0 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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