島国大和のド畜生
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戦いたくない戦場での戦いを強要されるご時勢
 何のことは無いゲームの話題。寝れないので酒を入れたついでに書いた。

 最近のゲームで出来のいいヤツは、何10億とかけてる。(以後、エゲツないゲームと呼称)
 なかなかそんなプロジェクトはないんだけど(日本製だと、実名を挙げれる程度)、それでも、自分たちが作るようなフツーのゲームもそれらと比較される。

 ユーザーが比較する分にはかまわないんだ。払う金額一緒だからさ。
 発注者や、業界人が、その区別がついていないのは、頭悪いなと思う。お前の払う金額はあのゲームの1/10以下だよ。みたいな。


 ちなみに、自分みたいなびみょーな開発者でも、昔はエゲツないゲーム作りたいなと思ってた事もある。それでも、最近のエゲツないやつ(主に外国産)は土俵が違う。正直ああいうのは作りたくない。やだ。マジでやだ。
 予算が潤沢なら、スキルアップの為にやるのもいいけど。
(外国産が予算潤沢なのは、アメリカは市場が広いし、中韓は人件費が安いから。日本でまともに張り合うと死ぬ)

 ああいう、エゲツないのは、分業型の作り方でないと出来ない。
 テクスチャ描いてる奴は延々テクスチャ。モンスターの奴はずっとモンスター。
 川の流れの表現だけをずっとトライアルしてるプログラマや、延々パラメータ調整だけをやってるプランナー。
 レンダリング専用のプログラムチームがあったり、キャラチームと背景チームに面識が無かったりする類。(極端な例だけど実話)

 エゲツないゲームのそれぞれのパーツは、そのすべてがやたら専門性が高い。
 ヒヨコのオスメスの見分けみたいなもんで、担当者以外もうワケわからん、という状況。

 そんな専門性が高くて全体を見渡すのが困難な状態での開発では、環境のツール化や、保守性の高いプログラムが必要になる。
 オスメス見分ける人、その結果を集計する人、出荷する人、帳簿につける人。バラバラな個性でも回るようにするには、ガッチリしたルールと環境の構築しかないわけ。
 そんで、そこを取り仕切って回すのが年収数千万クラスのプロジェクトリーダー。

 そういう作り方に成功したのが、何10億とかかってる良いゲーム。

 分かるんだそれは。予算と期間が許すならそういう作り方をした方がいい。
 お金を使って、うまい絵、うまいプログラム、うまい企画をつれてきて、彼らを責任者にして、大人数でぶん回せばいい。
 優秀なリーダーにその間の情報流通やタスク管理をさせて、それすらツール化していけば、何とか回る。
 優秀なの数名にコアをやらせて後は物量勝負。

 しかし。

 疑問が残る。

・その作り方で、新人は育つのか?
・および、作っていて楽しいか?



・その作り方で、新人は育つのか?
 まぁそういう作り方は凄い奴が数人居ればあとは分業で回すので新人育たなくていいんだけどね。
 ピラミッドは大きくても小さくてもピラミッド。てっぺんの石は1コで同じ。
 そこから下の石は代替可能。

 下の石の数が莫大になると、下から上にあがれないし、全体を見渡すのが大変難しい。下の石は自分が何やってるのかすら理解し難い。
 映画の試写会で役者が「こういう話だったんですねぇ」とか言ってる時があるが、ああいうののもっとヒドイ感じ。

 特化仕事ってのはそういうもんだ。自分が関わったゲームを自分で遊ぶことすらしなくなる。

 てっぺんの石にしたって仕事のほとんどが各部署の調整になってしまう。結局自分で遊ぶことすらしなくなる。
 遊んでるのは、バランスを取るための部署だけ。

 そして、プロジェクトが終了したら全員解散。べつのプロジェクトに行くか、路頭に迷うかしてね。という流れ。

 よくも悪くも、アメリカ的な会社組織じゃないと相当にツライ。
 これを甘えととるか、人情ととるかなんだけど、プロジェクト単位でクビ切ってくようなのは、日本の賃金レベルだとちょっとなー。と思ってしまう。

・および、作っていて楽しいか?
 特化した事を延々やるってのは、脳汁出るぐらい楽しい場合もあるんだけど。
 でも、スキルは偏っちゃうし、さすがにどっかのタイミングで飽きちゃうので、つらい。
 さらに、もともと楽しくない特化したことを延々やるのは、本当にキツイ。

 人間は特化した作業を集中的にこなすと、ものすごい能力を発揮する。(ヒヨコのオスメスの見分けとか)それだけで一生食ってけるならいいけど、ゲーム制作のトレンドって2年ありゃひっくり返るから、2年間特化仕事してたら、そのあと食えねーよ!って事にもなりかねない。

 例えば延々とパラメータ調整だけを2年間やってた奴に、次何の仕事をさせるよ。って話も出る。

 労働者からしてみれば、スキルアップが仕事の中では難しい。楽しい楽しくない以前に、将来性がやばい。終身雇用がなくなるというのはこういうことなんだけど。



 アメリカの映画産業は、たとえば助監督には助監督のスキルがあって、監督へのステップアップの為のポジションではない。
 アメリカのゲームもそうで。ディレクターとかプロデューサーへの道と、末端開発者のポジションには結構距離がある。

 おそらく日本のゲームも、おおがかりなゲームを作るなら、そういう方向に向かわざるを得ない。

 スキルは自分でつけて来い。仕事の現場では学ぶヒマは無い。
 実際自分のスキルなんかも、現場でつけたものはほとんどないし、全部独学だ。おかげでなんとか食えてたりするけど、それを例にして今の若い子に「食いたきゃ自分でスキルをつけろ」ってのは気が引ける。
 シブイ世の中になりすぎだ。


 そういうわけで、戦いたくない戦場の話をしましたよ。
 大人数で作る巨大なプロジェクトは、多くの単純特化型労働者を生むよ、って話。
 それが、幸せか不幸かで言えば、経済のグローバル化と同じで「不幸だ」と俺は思ってますが、否応なくそっちに流れるだろうなという諦観もありますよ、と。

 自分は、自分に課している規範として「自分の周りの人の幸せを考えて行動する」というのがある。
 困ったときはお互い様だと思いたいし、おれはお前が得するように考えるから力を貸してくれよ、というスタンスでいたい。
 大型プロジェクトや、グローバル化は、人の顔が見えなくなっていくし、容赦の無い切り捨てが必要になっていく。仕方がないこととは言え、あまりにもツライので、なんかいろいろと算段を考えてしまう。

 今回のエントリは、大型プロジェクトに関わっている人に対しての揶揄や嫉妬ではないです。
 また、中規模、小規模のプロジェクトを古いものというつもりも無い。

 ゲームにゃいろんなつくり方があるべきだろ。

 という話です。 

2008/09/11(木) 02:08:40| 固定リンク|日記| トラックバック:0 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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