島国大和のド畜生
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その努力はただの自己満足。
 仕事というのは「何を成したか」で評価されるものなので「努力自体は評価されない」。評価されないのが当然なのだが、最近の風潮の所為か、教育の所為か「努力自体を評価してくれ」というスタンスを見かける。

 うわー!甘えてるなー!って話なんだけど。


 シンクロニティなのか何なのか、ちょっと違うけど、そういう関連の話を複数見かけたので、部分引用します。

ボンクラの壁(オタク商品研究所plusさん)
 ボンクラの壁は、努力や鍛錬によって突破できるかというと、残念ながらそうではありません。高確率でボンクラの壁の内側をグルグル回ってるだけなのです。努力が解決すると思いこんでることが、壁を越えられない要因の一つです。これを「ボンクラの虜」と呼びましょう。

才能とか努力とか職能とか(映画と本とゲームで日記さん)
才能を「向き、不向き」と言い換えるなら、誰にでも才能の多寡はある。しかし、ほとんどのサラリーマンにおいて求められるのは、絶対的な「才能」ではなく、相対的な「職能」だ。



 ボンクラの壁に似た感じというか、「努力している」「評価されたい」という人でハタから見てどうにも評価できないのは、「自分がやりたいことをやってる(それを努力と思ってる)だけで、仕事の役に立ってない。」というのが多い。

 自分がゲーム屋なので、その周辺を例にだすと。
 例えば知り合いのデザイナーの話。「俺はデッサン教室にも通ってるし、独学でもすごく努力している、が、いい仕事が来ない」って、何年も腐ってたんだけど、「自分の画風に合わせた仕事が来るのをクチを開けて待っててどうにかなるもんか!」と気付いて、人が嫌がる仕事(データ整理やらコンバートやらだ)を率先してやるようにしたら、おかげで信頼と評価が厚くなったそうで。

 あと自分の話。かつての自分は今以上に本当にバカで、面白い企画書と理解しやすくヌケの無い仕様書が最重要だと思っていて、その辺を随分努力したんだけど、実の所そんなのは大きなポイントではなかったわけで。

 このデザイナーや自分が阿呆だった時期というのは、サッカーで言えばシュートの練習ばかりしてたわけですね。自分のやりたい努力ばっかしてんじゃねー。


 コレは本当に簡単な話なんだけど、意外と気付けない事で。

仕事でチームに評価されたいなら、チームにが被る負荷を自分が如何に消化するか。
 これだけ。
 たったコレだけの事で、評価される。だって、「お前のおかげでラクだった。」って最高の評価だぜ。

 また、ゲーム屋を例にすると。
 絵描きは絵を描くだけ、プログラマはプログラム書くだけ、企画は仕様書かくだけ。それじゃゲームは完成しない。
 完成しない、足りない部分を誰が埋めるのか。埋めている奴が居なくなってもその仕事は完成するのか?
 つまり、その「埋めてる奴」こそ、プロジェクトを回してる奴で、無くてはならない存在。

(ちなみに作家先生は別。絵だけ、文章だけ、ネタだけ、で食ってく才能を他から認められてるから、それでいい。才能枯れたらポイ捨てされるんだし。)

 プロジェクトという全員が協力しないとまわりゃしない状況下で、シュートの練習ばっかしてたらそりゃ評価対象の努力とは思われません。それは自分のための努力。チームの為の努力も忘れないで。

 まずはチームの為に力を使おう。自分に才能が有ればチームはその才能の為に動いてくれるさ。


 一応例に出した人は例に出すよと本人に言ってあるので、俺のことカー!と思った人、違います。

2008/07/21(月) 02:09:35| 固定リンク|仕事| トラックバック:1 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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私の見方は少し違う。そもそも「君らそんなに評価されたいか?」てとこから話があるんだけど、順番に説明しよう。 その努力はただの自己満足。 (島国大和のド畜生) 仕事というのは「何を成したか」で評価されるものなので「努力自体は評価されない」。評価されないのが当然な
2008/07/24(木) 23:11:52 | raurublock on Hatena
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