島国大和のド畜生
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俺(や皆)の老後の話
 自分の父がやっと現役を引退しまして。今は姉夫婦の子供の幼稚園への送り迎えを日課とするいいおじいちゃんと化している模様。
 自分から見て、仕事人間だなーという印象だったのだけど、仕事を引退して以降、生き生きしてるみたいなので、実は仕事嫌いだった様子。さすが俺の親。
 今後は、年金(自営業だったので国民年金)と、貯金を切り崩して食って行く予定だそうだ。
 両親は田舎住まいで持ち家(俺が小学生の時に建てた)なのでそれで死ぬまで生きていくのは可能だろうから、人生としては成功例だろう。
 ボケたり大病を患ったら、全部オジャンだが。

 さて翻って自分が同じぐらいの年齢になったらどうか。
 まず、年金はろくな額じゃない。貰えるかどうかも微妙。貯金がちゃんと価値を保っているかも微妙。
 仕方が無いから働くかといって、働ける状況にあるかも微妙。
 生産性が無くなった老人と化した俺に誰も手を差し伸べず悲惨な未来しか待っていない気がする。しかもヨメも食わせねばならん。

 実際に平均寿命が延びてしまってるから、うっかり90歳まで生きるとして。
 22歳から60歳まで働いた38年間の労働での稼ぎを原資に、残り30年を生きねばならない。
 おいおい。キッツイなーまじで。30年で終れるとも限らぬし。
 ボケたりしたらもう目も当てられない。生産性が無いまま生きているのはツライ。

 生産性が無いとは言え子供や学生の時はまだいい。未来があるから。
 老人は後は死ぬだけなので、その全く生産性の無い自分の生存の為のコストを自分で払い続けたり、誰かに払わせ続けたりするのがどれだけ酷な話か。当人が一番タマランと思う。
 俺自身、自分が仕事を辞めた後どうやって呆けて生きていくのか想像が付かない。

 そう考えると、もっとも欲しいのは「仕事」と「安楽な死」だなと思う。

 近所のコンビニで、定年後のおっちゃん(じいちゃんというには若い感じ)が、フリーターの若造に怒られながらおっとり働いていて、見るに耐えない感じだなぁと思っていたのだが、多分、今後はそういうのが普通の光景になる。
 先進国では、ファーストフードやコンビニ、スーパーのレジなど、マニュアルワークの接客業は老人の仕事として定着しているそうだ。ハードワークは出来ないし働かないわけにはいかないのだからそうなったという感じらしい。
 日本もいずれそうなるだろう。というか、働けず呆けていくよりはその方が良いと感じる自分が居る。そういう仕事でいいので働く場所が欲しい。

 60歳で仕事やめて、数十年もボーっとしてるだけじゃ生きてる気がしねぇ。そういう生き方はつらい。だから働かせてくれと思う。(まぁ趣味だけやってても生きがい得れるけどさ)

 せめて「仕事」を手に入れたなら、さて「安楽な死」はどうしたら得れるのだろうか。
 安楽な死が近づいてもやはり、あがいて、もがいて、しまうのだろう。
 この辺、宗教心がないので、どうしようもない。

 俺が子供の時には、自分ぐらいの年齢になったらその辺は達観しているもんだと思っていたのだけど、なかなかに見苦しい感じだ。さらに10年、20年と歳を経れば達観できるのだろか。
 
 永遠のテーマだなぁ。と思う。

2008/07/07(月) 03:07:37| 固定リンク|日記| トラックバック:0 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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