島国大和のド畜生
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最近ゲームで思うこと
 仕事でクタクタにも関わらず、また次の仕事のタネを仕掛けねばならない時期だったりする。
 ゆえに、どこでプレイヤーに面白いと思ってもらおうか、ってな事をクネクネと考えている所なので、その辺をまとめずに、キーボードに任せて書きなぐってみる。

 最近のゲームシーンを見ていると、色々と思う所が多い。
 まぁなんだ。プレイヤーはゲームに一体何を求めているかという話。

 ちょっと前「ゼルダの伝説 夢幻の砂時計」の感想を最近書いたんだけど、その内容とは、「かつて「これがゲーム性である」といわれていた部分をガンガン削ぎ落としてある。すごいね」といったもの。これはゼルダに限った事ではない。

 俺自身昔の人だけど、現役の製作者でもあるので、今のゲームシーンでかつてのゲーム性が求められていないのぐらいは把握してるが、目の当たりにすると凹むものがある。
 そして、自分もゲーム性を薄める方向に舵を切る事が増えた。
 ぶっちゃけ、パチンコ以上に濃いゲーム性は、多くの人に受け入れられない。(ようするに、台選びにはそこそこ意味があるが、後は連続してくじ引きする程度のゲーム性。)
 これらに関しては鬱屈した思いがある。


 ストーリーメディアとしてのゲームは、映画なら見てるだけ、本ならページめくるだけで得れるお話的快感を「操作しなきゃ話が進まない」ゲーム的不自由を乗っける事で、逆に物語との一体感を演出していると言える。
 例えばエロゲやギャルゲ等で、殆ど選択肢の無い、ページをめくるようにボタンを押すだけのゲームがあるが、アレなんかはゲーム的苦労無しでゲーム的快感を得るシステムとしては優れているといえる。目指した方向にゼルダとの違いは無い(コストは莫大に違うけど)


 ならば、すべてのゲームが簡単サクサクになれば良いかといえばそれは違っていて、ゲームにお金を払ってくれるお客さんは、やはりゲームを求めているんだねコレが。(ギャルゲ、脳トレのお客さんは、ゲームに興味があるんじゃなくて、ギャル、トレーニングに興味がある。だからギャルゲは周辺(本とか)の方が利益を出すし、脳トレはゲーム以外の広告コストがすごいことになってる。自分が何を売っているかに明確な意思を感じる)


 俺の中での葛藤は「短時間でサクサク遊びたいプレイヤー」と「何10時間でもぶっ通しで遊びたいプレイヤー」の両方を満足させねばならない現状にある。
 また「短時間でサクサク」はお金を払い難いという、現実があるので「何10時間」に重点を置かざるを得ない。しかしそれではゲームの裾野が広がらない。
 思い返すにアーケードゲームは俺にとって桃源郷のような時代であったものだ。


 ということで、本格的に、ゲームの落としどころの舵の取り方を変えねばならないと感じている。

 思いついている手は5つ(最近1コ増えた)しかしやはりどれもコレも現場のコストが高い。いかにこのコストを下げた上で、商品として価値の高いものを作るかが勝負になるんだけれども。
 アイデアだってタダじゃ出ないよ本当に。

 最初に書いたとおり、まとめずに終わる。


 酒も飲まずによくもまぁ取りとめの無い文章が書けるもんだと関心。あ、今計ったら38度あった。微熱。
 あとまぁ、全然関係ないけど、「夢幻の砂時計」を「無限」て書いてたのでこっそり直した。えー。XTALソフトかよ!懐かしいな!

2007/07/15(日) 02:30:29| 固定リンク|ゲーム| トラックバック:0 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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