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映画 機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ 感想2 (ネタバレ)


前にただひたすら褒めてるようなネタバレなし感想を描いたので。
これ

 こちらは、もう観た、ネタバレしてもいい人向けの感想。
 映画の感想というよりガンダムシーンに対する個人の感想。

 キーワードは
 「死に水を取るガンダム」


他、散文的にパラパラと感想を。

 以後ネタバレバリバリでいくので、未視聴の人は回れ右で。
■死に水を取るガンダム
 死に水を取るとは、一部の宗教に置いて、人が臨終になった時に口に水を含ませる儀式。
 故人との最後の時間を過ごす重要な儀式となる。

 閃光のハサウェイは、ガンダム原作者である富野由悠季による小説であり、それを元にした映画となっている。
 富野監督による、ガンダム作品は複数あるが、1stガンダムと呼ばれる、最初期の歴史を作ったガンダムと連続性を持つ最後のガンダムになる。(Vガンとか、F91は物語に連続性がない。ターンAは特殊立ち位置)

 ようするにこのガンダムを映像化すると、もう保守本流ガンダムは存在しない。
 富野監督はいまさら、あらたにガンダムの続きを作りたくはないだろうし。
 ガンダムUC、ガンダムNTといった、連続性はあるが非富野ガンダムでは、保守本流とは言い難い。

 知っての通り、日本の人口は減少し続けており、ガンダムブームの効果は1st世代がカンオケに入る辺りで終焉する。
 次世代のファンを育てようとした、多くの試みはある程度の成功を収めたが、1st越えは最後までできなかった。
 そりゃそうだ、人口ピラミッドがそうなっているのだから。

 そうすると今後国内でガンダムIPでコレまでのような利益を出すことは難しくなる。
 おそらくこの後にガンダムというIPは海外に切り売りされ、1st世代にとっての唯一無二の香りは失われ、雑に扱われるのだろう。
 これまでも雑に扱われて煮え湯を飲んだという気持ちもあるが。

 もっと早い時期に何度もリメイクするハリウッド商法、マーベル・コミック商法に乗っかっておけば良かったのではないかとも思うのだが。
 ガンダムオリジンもそれを果たせなかったし、もっと弾を打つべきだと思うのだが、それもなかった。
 なかなか大変なのだろう。

 そして、もうそろそろガンダムファンも限界だ。カンオケに入っていく。
 1stからのコアなファンが死んだらあとは、時代時代のライトなファンしかおらず、大きい売上は見込めない。
 そもそも人口ピラミッド的にもう、かつてのような利益は見込めない。

 そりゃもう、ここで一発、1stガンダム世代が、世代を、世代の、「ガンダムの死に水を取る。ガンダムファンの死に水を取る」ような作品が必要だろう。メンタル的にも、最後の集金的にもだ。

 それが閃光のハサウェイだ。

 それを狙って企画されたかどうかは知らないが。誰かがそういう思いを抱いていたんじゃないかと思わせる。

 思えばガンダムは、人生の節々で、ここでガンダムを卒業するか、留年するかの判断を突きつけてきた。

 第一次ガンダムブームの終焉。当時のキッズが進学したり社会人になるころに。
 逆襲のシャア
 である。
 1stガンダムから アバウト8年。アムロもシャアも視聴者もいい歳食って、ここで第一次ガンダムサーガは完結である。

 ここで卒業しなかったやつ、死にきれなかったやつ、留年したやつには、そこから3年。
 ガンダムF91
 である。

 俺はこの辺で一度、もういガンダムはいいや、という気分になっていた。


 この後も散発的に、ガンダムが作られる。非富野ガンダムも大量にある。
 新しいファン獲得を狙ったガンダム群も多い。

 だが、1st世代が結局一番ガンダムに財布の紐がゆるく人口も多いため、1stガンダムから連続性があるようなスピンオフや、スピンオフしてない直系の偽物が作られる。

 ポケット野中の戦争や、0083や、08小隊、は1st世代と、新規顧客の開拓を狙ったスピンオフ。
 ガンダムUC、NTは、1st世代と新規顧客の開拓を狙った、保守本流のフリをした偽物だろう。(悪いわけではない)

 そこに来て、閃光のハサウェイは。
 富野由悠季が監督しているわけではないが、原作なので、立ち位置は保守本流で。 
 あまりにも見事な村瀬修功監督の丁寧な演出は「そこにモビルスーツがある社会」を描きたした。

 1stガンダムで、ザクマシンガンの空薬莢の被害者がおり。
 ああいう、MS戦闘に巻き込まれる一般人という視線は、セルアニメ最強の見栄えを誇る、ガンダムF91でアップデートされた。
 もうコレ以上の絵も演出もなかなか見れないだろうと思っていたが。

 ハサウェイはそこをズバーンと突き抜けて見せてくれた。

 ここ数年、自分の中で「この映画はなにかのターニングポイントだ!!」と感じたのは、シンゴジラとハサウェイの2本である。

 シンゴジラが出る前は、「平成ガメラぐらいが、国産怪獣映画の最高峰なのだろうな、という、ある程度の満足感と諦観」があったのだ。所詮お前ら特撮に真剣にならないだろ。実写進撃の巨人でまぁいいやと思ってるんだろ、だったらガメラの完成度はそれを遥かに凌駕するからもうこれでいい。みたいな気分。
 あれをシンゴジラは突破した。

 ハサウェイも同じように、「所詮ロボットアニメだろ」「お前らコレぐらいで十分満足だろ?」という、ラインに居た各種のリッチなロボットアニメを頭一つ二つ余裕で越えて。
 ロボットアニメってここまでやれるでしょ。っていう。

 ガンダムタイトルでなけばここまでの予算を使えなかっただろうし、しかしガンダムである限りは足かせも有る。
 そこにこれだ。

 こりゃファンとしても死に水を取ってもらうしか無いなと。

■逆襲のシャアのお話
 逆襲のシャアは、富野の初稿が、ガンダム映画化委員会に否定され(MSの否定、アムロとベルトーチカの結婚)それを修正したものが映画化されている。初稿をもとに書かれた小説がベルトーチカチルドレンで、内容に違いが有る。
 小説版の閃光のハサウェイはベルトーチカチルドレンの後日になるが。映画版のハサウェイがドコに位置するかは調べてない。

 映画版の逆シャアは、映画公開同時にに多くのキットが出たし、νガンダムなんか、ネタバレを防ぐためとかいって、フィンファンネルなしのキットを先に出し、そのキットにフィン・ファンネルの記述があるという、社内での足並み揃ってないんじゃないの、キット2個買わせようというバンダイ商法昔からエグくない?みたいな感じがあった。

 1stガンダムという金字塔を築いた富野由悠季にして好きに映画は撮らせてもらえない。
 Z以後のバンダイの作品内容に対する介入は漏れ伝わるし(1stは打ち切り決まってからのバンダイ参戦のため、本編に影響がない)富野監督と園周辺の軋轢は大量に聞く。

 そういった微妙な関係性の仲でつくられたのが逆シャアだとして。

 その、色々思うところの決着としてハサウェイとして小説になっている。(とかなんとか)

 Vガンダムの頃にはもう修復不可能なところまでこじれていたといかの話も聞く。
(そりゃ、サンライズがバンダイに身売りする時の価値を上げるためにVガンを作った、Vガンはバンダイ側の意向がつよく、ストレスと反発心の中で作ったみたいな)

 そういうのもあって、富野監督のスポンサーからの評判というのは難しいものも有るだろう。(実際のところ、ガンダム自体がだまし討のような作り方だしスポンサーも潰れてるし)

 ハサウェイにせよ、富野原作を富野監督で撮影しないという時点で、まぁ色々勘ぐってしまう。
(ハサウェイに関する富野コメントをいくつか漁ったが)

■この話は、映画版と小説版のどっちの続編だ?
 情報を入れていないのだが。
 映画版の逆襲のシャアと、小説版のベルトーチカ・チルドレンでは、ハサウェイが殺している相手が違う。
 彼が劇中で「かつてのシャアの反乱で民間人ながら一機撃墜した」という話題に対して複雑な顔をする理由が、異なることになる。
 どこかで明言されてるかもしれぬし、されてないかもしれないが。
 どっちとは決めつけないでみるのも楽しい気がする。

■ガンダム2機
 当然個人の感想だが。
 デザインとしては全然グッと来ない。モビルスーツ感特に無い、近接戦闘の殺陣が映えないシルエット。
 そこを、現用航空機の空中線を思わせるようなカメラアングル、振動、で見せる。
 ガンダム2機に限らず、ほとんどのMSは形状が分かりやすいようなカットを入れない。

 わかりやすさを排除することでリアリティを担保してく。
 これは、1stガンダムが必殺技を叫びながら出さない(若い子にはわからんと思うが、あの頃のロボットアニメは必殺技は叫びながら出すものだった)みたいなものを、限界まで延長した位置にあると思う。

 俺が、新しい時代のガンダムと聞いて、ガンダムSEEDみたら、決めポーズやってて、そっと電源offした気持ち、というのがわかる人がどれほどいるか知らないが。(別にそれが悪いわけではない。何を求めるかだ)
 1stガンダムは、子供向けとして許容されていた、強要されていたわかりやすさを丁寧に排除していっており、(ジオンが正規の軍人としてキビキビ動くのはとてもインパクトがあった。ミケーネ帝国(マジンガーZ)とかと比べてみるといい。あの印象の強さ)それの逆張りとしてわかりやすいGガンダムがあったりするが。
 正統派ガンダムに期待するのは、「いかにリアリティのある演出や物語をやるか」であるのは、1stの呪縛だと思っている。
 それ以外ならば別に、スピンオフや別物でやればいい。

 そこに来て、見た目的には明らかに、玩具玩具した、ガンダム2機だ。
 メッサーや、グスタフ、ジェガンだってそれほどリアリティのあるデザインではないが。
 ガンダムはもう、ヒト型でもなければ、飛行型でもなく、なんでこんな形してんねん。というデザインなのだが。(当時から、うーんという印象はあった)
 これを塊としてぶん回す、実写の航空機の戦闘映像のような見せ方を積み重ねていく。

「実写なら戦闘時に形がよく認識できないのは当たり前だろ」

 当たり前なのだが、玩具、キットのコマーシャルフィルムとしてのガンダムフィルムでそれをやるのは、そうとうの思い切りがいる。

 実際の所全身がわかるカット(メカデザイン資料)などを見ると、どれもこれもそれほどピンとくるほどいいデザインに見えないのだが。
 動いた時の、そこにそれがある感が見事である。

 これ小技の積み重ねの凄さだと思うのだが、引き出しが多い。とにかく多い。
 あれ。今の絵すごく吸引力があったけど、何やったんだ? あ、多分こういう処理して印象がこうのこったのか、とか思ってるうちに次のカットに行く。これは、繰り返しみたい。

■人間ドラマ
 すごく丁寧にやってて、情報量も多い。緊迫感を保っているのでタルみにくい。
 これがもし、富野監督だったら、こう切り詰めたろう、ここは圧縮したろうと思う場所も多い。(どっちが良い、悪いではなく個性の問題)
 自分は富の演出の、やたらぎゅう詰めになってるタイミングが大好きなのだが。
 多分、ハサウェイをそういうタイミングの演出で観た場合、ハサウェイや、ギギアンダルシアの魅力が出てこない気がしている。
 逆シャアにおける、ハサウェイムカつく、クエス死んでスッキリ、みたいな視聴態度になる可能性。

 実際逆シャアのハサウェイって、カツの互換機みたいな感じだし。カツのウザさは、切れる若者カミーユが、こいつヤベェと思って説教するほどだし。ヤザンなんか、カツを殺して人気出たぐらいの印象なのだけど。

 1stガンダムって、富野由悠季のピーキーなギスギスした人間の描き方が、キャラクターの丸っこさや演出テンポでぎりぎりマイルドになっていて。(一応落ち着いた大人が多いことも大きい理由だと思うが。セイラさんとか、あの絵と声じゃなきゃそうとう酷い人よ。脱走アムロに対して心配してるフラウ見ながら、銃殺銃殺譲らないし。自分もガンダムで勝手に発進したくせに)
 似たようなことをやってるはずのZとくらべてイライラムズムズ具合が随分印象が違う。

 閃光のハサウェイの小説版を脳内再生する時、これはわりとZというか、逆シャア的なイライラムズムズ具合を感じていたのだが。
 (いや、ギギの人だいぶキチガイよ。クエス的な意味で)
 映像化の時点で、イライラムズムズさせる困ったキチガイ感はちゃんと残した上で、しかし魅力をちゃんと丁寧に書いてて、ああコレなら振り回されるのもわからないではない。しかも振り回されてる自覚をちゃんと書いてるので、見ている人のツッコミを最初から多重に回避している。
 ひたすら、作りが丁寧だなと感じるのもこの辺りの周到さによるものだと思う。
 (正直もうちょっとツメてもいいんじゃないのというカットは多いのだが、それぞれのカットに意味があるんじゃないのと思わせる絵の密度と情報量が、そこのストレスを軽減していく)

■宇宙
 冒頭、シャトルの中で提供される飲み物が、ヘンな形で容器にこびりついている。ギギの髪が無重量でふわりと動く。
 くどいな、と思わせるほど、無重力を表現しておいて。
 今度は地上で重力下である、という表現をコツコツやる。
 そして後半に、ガンダムを高高度軌道上で受領する。ここでまた無重力表現を丁寧にやる。
 その後重力下での空中戦闘(このガンダムは、ミノフスキーフライトによる空中戦ができる初のMSという扱い)をやる。
  この、重力から解き放たれている→重力下→また無重力→重力下→だが力技で重力下で無茶な起動をする→オチ。
 というひたすら丁寧に宇宙と無重力を描いた意味が物語に重なっており。
 宇宙描写が大好きなのだけど、それは物語の発射台としての機能だけではなくてテーマにも沿わせてますよという。
 すてきすてき。

■まとめ
 映画として、非常に良い。
 ハイティーンが見るもんじゃない、とされたロボットアニメを、ハイティーンの視聴に耐えるものとして作ったのが1stガンダムなら。
 おっさんが見るもんじゃない、とされたガンダムを、どうせおっさんしか見ない、という諦観の上に、じゃあおっさんが見るに耐えるものを、さらに一枚上のすごいものを、と作られているハサウェイは、これを見ないわけにはイカンだろう。

 0083やら、08小隊といったロボメカばかりのリアリティを追い、人間を描く気のない、描けない、トレンディドラマ的恋愛入れてみたり、敵とラブラブしてみたり、パイロットが敵を殺さないと宣言したりという、そういう話が見たいわけではないのだが、若い子向けなら仕方がないと、噛み潰す苦虫の味に慣れてしまった、今更ガンダムなんか見てることが悪いとされるおっさんが。

 ガンダムUCやらNTやらといった、これまたメカロボはしっかり描かれているが、歴史解釈、物語解釈、ニュータイプ論に変な踏み込み方をして、いやいやいやいそれは原作を毀損するのではないか、という不満があって、デキが悪いわけではないのだが、これにノるのは難しいという、微妙な感じのあったおっさんが。

 F91のときには、やったーバンザイ、富野ガンダムだー。安彦キャラだー。あるぇ、コスモ貴族で鉄仮面アイスラッガーですか;;小型高性能MSですか;; なんか、ガンダム以外のメカどれもこれも練り込み足りないことないすか;;小型高性能の記号が入ってるのF91だけじゃないすか; 時代的にはそろそろ大河原メカもキツイっすよね。作画だけはとんでもなくすごいのになー、みたいな、このウェーブに乗るべきなのに乗れなかったおっさんが。

 これにノれないなら、もうお前にノれるガンダムは未来永劫現れぬ。といった感じの やっと、真正面からの新作ガンダムですわ。

 というのが今回の劇場版ハサウェイじゃないすかね。 のこりを期待して待ちます。

※上から下まで推敲無しで流し書きしたので、あとで誤字脱字を直すかも。(面倒で放置するかも)




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