島国大和のド畜生
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ディレクターは大抵キチガイな話
創作物だと大抵ディレクターがキチガイみたいな演出されることが多いのだけど。あれは創作だからで置いておいて。

まぁ、ディレクターが一番キチガイというのは、わりと異論は無くて、
・それぐらいでないとプロジェクトは終わらない
・それぐらいでないとプロジェクトが尖らない
・それぐらいでないとメンタル持たない
というのはある。

なので、良いディレクターというのは、2種類しかなくて。
①いい方向(許せる)に気が狂ってる
②つらい挫折を乗り越えて、自分の狂気を必要に合わせてコントロールしている
なのではないかと

多くの人の人生を一年ほど拘束して、何億か溶かして、多くの人との折衝をして、つけるかどうかも分からないゴールに、当然到着できるといった顔でぐいぐい行かねばならないのだから、そりゃある種の狂気が必要だ。

プロデューサーはどこまで行ってもお金の計算がメインなので、気が狂うにも限界があるが。
ディレクターは作品の完成度を追わざるをえないので、気が狂うのに際限がない。

どれほどロジックで考えて動いていても、他人がそのロジックを理解できなければキチガイだし。
ある種の自身が編み出したロジックに従って行動する人は社会規範から離れてしまうのもよくある。

某映画監督などはスタッフの自己実現をあきらめさせ自身の自己実現の労働力パーツとすることを「当たり前」「彼らに能力が無いから仕方がない」と切って捨てており、俺などからすると(それでも同じ期間仕事をする人の自己実現とキャリアパスを忘れて良いわけねぇだろ)と思うのだが

でも、名監督といわれる人はそのタイプが多いので。
まぁそういうものだろう。
物を作るというのは「自分を犠牲にするか」「他人を犠牲にするか」である。
とにかく、名作は供物を必要とする。
だから、供物をささげた人に報いるように作ろうぜ。
みたいな気持ちが俺の中では強い。

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ジブリが百獣の王である宮崎駿を生かすための人造サバンナであり、他のスタッフが食われるための草食獣であることや、庵野秀明がトップをねらえの頃海外作画に出した絵が酷かったので国内スタッフで直そうとしたがスケジュール的に聞き入れられずうけいられるまでロッカーに頭突きをした話などが端的。

1stガンダムで、海外に出したガンダムの作画があまりにも酷かったので、上からシールドの絵をかぶせて、酷い絵を見えにくくして作品を成立させた、のような、知恵と工夫とちょっとした我慢で窮地を切り抜ける話の方が好きだけどね。ドムのホバー移動が作画枚数削減に貢献するとか。

ディレクターは「ゴールが見えていなくてはならない」そして「そのゴールにどうたどり着くかを知っていなければならない」そのやり方として「人を酷使するか」「自分を酷使するか」「工夫で逃げる妥協を探すか」であり、どれもできなければ、駄作が出来る。という風に自分は考えている。
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そして理解されなければ狂人扱い、理解するような人はロジックを手にした人なのでいずれディレクターである。

あと、そういうちゃんとした能力のあるディレクターに交じって、狂気の部分だけを模倣したただの狂人がおり。

この狂人をいかに選別するかがポイントでもある。
大抵はプロジェクトが失敗するので、見分けがつくが、見分けがついたころには手遅れである。

世の中のディレクターの半分は偽物で、別にそいつじゃなくても達成できる到達点にしか行けない。

本物のディレクターで、エキセントリックな挙動をする人は、結果的にそうなっているだけであって。
エキセントリックな奴だから、仕事ができるというわけではない。

あるディレクターの下で働いていた人が、ディレクターになった時、コアとなる能力が無いのにやり方だけ真似して、ウンザリだ、というのは結構ある。かなりゲンナリする。

キチガイにもそれなりの理由があって、理由のないキチガイは避けたい。
自分も気をつけねばならない。
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webのあちこちででバラバラに呟いたのをまとめた;

2019/01/27(日) 19:41:39| 固定リンク|日記| トラックバック:0 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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