島国大和のド畜生
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映画 ゴースト・イン・ザ・シェル 感想
 ゴーストインザシェル(実写)を見てきたので感想を書く。
 悪く無い。
 贅沢学芸会というか、スター隠し芸大会というか。
 スカーレットヨハンソンというゴージャス美人を連れて来ても、黒髪ショートボブにするとわりとそこらに居そうなおばちゃんになっちゃう悲劇も含め。
 だがコテコテのジャパニーズハイコンテクスト物語を別のレンズで撮影するとこうなるんだへーとか、こうなるのかよファッキンとか、いろいろ違いが楽しめる。

 スターウォーズと宇宙からのメッセージみたいな。いいよね。宇宙からのメッセージ。

 さて。
 そもそも原作となったアニメ映画が古いもので、しかしかなり韻を踏んでいるので比較しないわけにも行かないから、以後ネタバレ全開で行くので未見の人は回れ右で。


■あらすじ
 人間がを直接ネット空間に接続できるようになった時代。
 人々は体の各所を人工のものと置き換えていた。
 テロで体を失った少女は、「ハンカ社」によって脳以外全身義体の「ミラ・キリアン少佐」としてエリート部隊「公安9課」に配属されサイバー犯罪やテロと戦う日々を送っている。

■感想
 最初に書いたが、贅沢学芸会とかスター隠し芸大会みたいな感じ。
 リッチな役者とリッチなタテツケで、プアな演出。みたいな。

 正直もっとダメダメなのを想像していたのだが(なにしろ一番最初に公開された告知映像が本当にひどかった。スカーレットヨハンソンのギャラだけで製作費が無くなったのかと思った)実際見た処映画自体は、ずいぶん丁寧に、安っぽさを抑えた映画になっていた。

 そして、日本のハイコンテクスト映画が洋画化するとどうなるか、という部分が面白いと書いたが、まさにその差異こそがこの映画の語るべき場所になっており、単独作品としての魅力はちょっとわからない。単独で見た感想を想像できない。


■アニメ版との比較
 アニメ版は1995年の映画である。だがあの当時最先端だった映像と世界観は今も色褪せない。
 しかし、日本的ハイコンテクストの塊である。
 ハイコンテクストとはこの場合、抽象度が高い、観客の視聴能力が高い前提に立った作劇、映画以外での知識を必要とする物語を差す。
 これによって、思わせぶりな引用会話を声優の耳障りと活舌の良いボイスで滔々と流しながらの、未来映像と銃撃戦が、超凝ったレイアウトで繰り広げられるというパッケージになっている。

 この、コテコテの日本アニメ風フィルム(押井節)を洋画のレンズで撮影するとどうなるか。

 冒頭から世界観が直球で字幕でほぼすべて語られる。
 そもそも少佐が何者かといったことに焦点が移される。
 物語の悪役としての、ハンカ社、クゼは、劇中ですべてが語られる程度のスケールである。
 要するに話が小さく綺麗にまとまっている。ロボコップ2だ。
 家族愛も入れて黒幕も倒してサッパリエンディングにゆく。

 アニメ版は、アニメという最初っからハイコンテクスト前提の表現なのでアクセル全開である。
 少佐が誰かなんかどうでもいいし、悪役として登場する人形遣いは、ネットワーク上に生み出された人格のようなものだし、少佐はその能力を手に入れる。もはや神となってエンディングを迎える。
 アクセル踏み過ぎて、わけわからぬ話になっており、これをSFやコンピュータに興味のない人に説明するのは難しいだろう。

 この、話の規模の違いがそのまま映画のテイストの違いになっている。
 なっているのだが、実写版がリスペクトか引用か、ずいぶんアニメ版の内容や映像をモチーフにしており、そこで話がかみ合わない。
 アニメ版の少佐はスキルフルな女性だが、実写版はサルベージ1年の過去も朧気な女性である。

 クゼがゴーストハックでドライバーを操るのは、人形遣いと同じシーケンスだが、クゼにそこまでの力があるのは納得感が少ない。
 光学迷彩はアニメ版では全編を通して信用のおけない現実を象徴するようなアイテムだが、実写版ではそれほどの意味は感じない。
 最後の多脚戦車は、アニメ版だと立派なメカメカしさを発揮していたが、実写版ではED-209的な可愛さが出てしまっていた。

 ザックリ言ってしまえば、アニメ版は「神懸った女が人造神と結ばれて神になる話」実写版は「少女が自身を取り戻す話」となっている。(ロボコップか!)
 だから全く別の話なのだが、アニメ版から引用されたシーケンスが重要なシーンのように尺が使われるのだが
本編との意味の噛み合わせが悪くて飲み下しにくい。

 実写版を撮るなら撮るで、もっと実写ならではの取捨選択をするか、アニメ版の引用をするならするでもっと丁寧に本編との噛み合わせを考えて引用するとかすればいいのに。
 が、自分が2作品の比較から感じた感想となる。
 実は、映画所見の人にはこのかみ合わせは問題ないかもしれない。アニメ版を知っているのが逆に枷となっている可能性はある。

■残念
 首の後ろにジャックを差して電脳世界にダイブするというイメージは、マトリックスが盛大にパクって先にやってしまったので(あちらのほうがジャックが太く長く絵的なインパクトもある)残念ながらパっとしない。

 あらゆる映画にパクられた、ビル街にダイブしていくイメージも、さすがに使い古されて残念なことにパッとしない。

 なんたる無念か。
 これほどのイメージを先駆けて実装していても、後から来たメジャーにつまみ食いされていく。

 もちろん、つまみぐいはしたりされたりであるのだが、元ネタとして認知されないつまみ食われは無念だ。

■役者
・スカーレットヨハンソン
 ものすごくシャープな、細い顔立ちなのだが、体は結構ムッチリしている。
 これが、キンパツのままであったなら、ゴージャスな印象だったと思うのだが。
 黒髪ショートボブの細面ムッチリボディって狭いジャンル過ぎるだろう。どんなマニアックさだ。
 全身義体のサイボーグを表すにはちょっとこれ向いてないだろう;

 あちこちで全身タイツ姿になるのだが、これはアニメ版では義体であることを示す、光学迷彩を使用する前、サービスカット、的な意味があるわけだが、実写でこれをやると、意識しなくても目が二の腕やお腹の肉付きを追ってしまう。そして意外とムチムチである。いや絞ってあるのだが、顔があまりにもシャープなのでギャップが激しい。
 この辺り義体は人間味を極力抑えてあったほうが演出的には合致するはずなので、あまりに人間的なムニっと感は物語にはそぐわないのだが、ファンサービスとしてはこうだろう的な。どうなのこれ。
 もっとCGCGさせちゃったほうが映画としてはしっくりしたと思う。

 あとスタイルが良いのに姿勢が悪く残念。
 これは中の人が東洋人設定だから姿勢悪いという演出なのか?
 パシフィックリムの菊地凛子も姿勢が悪くて残念だったのだが。

・桃井かおり
 ものすごい。
 実写版のみの役でキーマンなのだが、なんだこれという演技力。

・ビートたけし
 ずいぶんとリスペクトしてもらったようだが、演技は残念。
 残念な演技で重要な役割+アクションまであるのだから、映画を残念な方向に引っ張っている気がする。
 彼の映画ではここまで演技が残念ということはないのだがそれはアテガキだからだろう。

■まとめ
 というわけで、また書くが。
 リッチな学芸会というか、スター隠し芸大会というか。
 でもそれはそれで面白いよ。という感想。

 アニメ攻殻の、世界に通用し無さそうな部分(説明不足ハイコンテクスト)を洋画的に補うとこうなっちゃうのか、なるほどね。という感想はずいぶんうがった見方だとは思うが。

 そういうものが嫌いでない人にはお勧め。

2017/04/19(水) 23:14:49| 固定リンク|日記| トラックバック:1 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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観てきたので感想を書く。基本はネタバレあり。端的に言うと、観れはするけどどっちつかずの作品といったところ。
2017/05/05(金) 00:31:26 | IT社員の公私混同
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