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TVアニメ 機動武闘伝Gガンダム 感想
機動武闘伝Gガンダム

 最近、作業用のBGVにGガンを使っていた。
 本放送時にほとんど見ており、今回見直しても感想は同じだった。
 TVシリーズのガンダムの中では、1stガンダムの次に好きなガンダムだが、色々問題点も多い。だがぶっちぎりでいい部分もある。いい部分だけに着目したいところだが、重箱の隅を絨毯爆撃してしまう悪癖。

 以下、ネタバレありありで書くので気にする人は周り右で。
 古いのでもういいだろうが。


■あらすじ
 1stガンダムとは直接の関係のないガンダムである。世界観につながりはない。

 地球上の各国は、汚れた大地を捨て複数の宇宙コロニー国家となった。ネオ**と名乗っている。(例:ネオジャパン、ネオアメリカ)
 紛争解決手段として、4年に一度、地球を闘いのリングとして各国がルールにのっとってガンダムを戦わせて、その勝者が世界の主導権を得るという「ガンダムファイト制度」が用いられる。
 地球に取り残された人々にとって、地上を破壊しつくすガンダムファイトは忌むべき存在である。
 国家の威信をかけて闘うガンダムファイター(ガンダムパイロット)は、羨望の目と怨嗟の目で見られる。

 また、地上には「デビルガンダム」という自己再生、増殖、進化、をする最強最悪のガンダムが降り立っていた。デビルガンダムはDG細胞で、生物と融合し支配していく。
 デビルガンダムの強さに目を付けた国家や、ガンダムファイトの裏で進むたくらみなどが絡み合って物語は進む。

 主人公はネオジャパンのガンダムファイターの「ドモン・カッシュ」。
 古くから戦いの秩序の守り手とされる「シャッフル同盟」(トランプのスートの紋章を拳に宿した5人)の一人、キングオブハートを受け継ぐ、拳法家である。
 前回のガンダムファイトの優勝者、格闘技の師匠、前キングオブハート「東方不敗」の弟子でのある。
 デビルガンダム(アルティメットガンダム)の開発者の息子であり、そのデビルガンダムを強奪したとされる、キョウジの弟である。
 パートナーの「レイン・ミカムラ」はドモンのガンダム「シャイニングガンダム」「ゴッドガンダム」のメカニックであり、幼馴染み。彼女の父はドモンの父と同じく、研究職にあり、デビルガンダムをともに研究していた。

 またデビルガンダムは人間を核にてその力を発揮することから、多くの人間が巻き込まれていく。
 前大会覇者のネオホンコンの首相ウォンはデビルガンダムを用いて大会連覇をもくろむ。東方不敗はデビルガンダムを用いて地上の浄化を画策する。
 ドモンに指示を出す立場にあるネオジャパンの軍人ウルベは、デビルガンダムを利用して宇宙制覇をたくらむ。
 それぞれの思惑が渦巻くなかで『ガンダムファイト・レディ・GO!』

■感想の前振り
 感想ついでに、ざっくりお話の構造を分解する。勝手に分けて名づけた。制作側の意図とは異なると思う。

1:前期ガンダムファイト編
 ガンダムファイトのルール説明≒世界観説明と、キャラクターの掘り下げが行われる。
 ガンダムファイトは開催期間が1年に及び、この前期はその予備選にあたる。

 ドモンが、他のファイターと1話につき1vs1で戦い、それぞれのキャラクターの掘り下げを行う。
 アメリカ、ロシア、中国、フランス、の今後のメインキャラの掘り下げが行われる。

 当時、格闘ゲームのブームがあり、また聖闘士聖矢の影響下でもある。
 Mr味っ子や、ジャイアントロボ THE ANIMATIONで、ぶっ飛んだ演出を見せた、今川監督のガンダム作品が、どんな演出を見せるか、その期待を背負った序盤となる。

 本作のガンダムはMF(モビルファイター)と呼ばれ、モビルトレースシステムという、パイロットの動作をそのままトレースする仕組みで動く。そのため各キャラクターはそれぞれ格闘の達人であり、キャラクターもとても濃い。
 非常にわかりやすい構造となっている。

 しかし、これまでのガンダムに期待される『リアルな宇宙戦争』とはまるで異なる。
 ファンの求めるものと、スポンサーの求めるものが大きく剥離している。いつまでも古参のファンばかりを向いては居られないスポンサーの都合も理解できるが、製作者は板挟みの中でよく闘ったと感心する。

2:新宿編
 前期ガンダムファイトで、それぞれのキャラクターのボトルショウエピソードを終えた後に、ドモンたちは舞台を新宿に移動する。

 新宿ではデビルガンダムが巣を張っていた。
 デスアーミーはデビルガンダムが生み出したMFの群れであり、DG細胞に汚染されたゾンビ兵がパイロットとなっている。新宿では、他のモビルファイターや、軍人たちがデスアーミーと戦っていた。

 ドモンはかつての師匠、東方不敗と再会し、共闘する。
 
 ここで、デビルガンダムの基本性能と、東方不敗との関係、また、謎の覆面ガンダムファイター「シュバルツ」との邂逅が描かれる。

 師匠、東方不敗は、この物語のキーの一人であり、素手でMFを倒す強さと、ドモンとの子弟コンビによる掛け合いのコギミ良さなどから、人気の高い人物である。
 人気低迷からGガンを救ったという話もあるがどこまで真実かは不明。
 彼の乗る、クーロンガンダムは、Gガンダムとの共闘でマップ兵器のような強さを見せ、その決めポーズと合わせて非常に見栄えの良い活躍を見せる。後に彼が乗るマスターガンダムもその独特なスタイリングと、マントを展開するようなギミック、よく動き格闘ポーズをとれるデザインで、玩具の出来も良かった。

 そして、シュバルツこそは、ドモンの兄であり、デビルガンダム事件(完成したアルティメットガンダムを強奪し、地球に降りた事件。この事件で、ドモンの母は死に、父は冷凍刑、本人はガンダムファイターとして戦うことになる)の首謀者として、ドモンが追っていた男「キョウジ」の、サイボーグなのだった。
 デビルガンダムに取り込まれたキョウジは、DG細胞で自らのクローンを作り、その思いを託していた。
 このあたり、視聴者にはバレバレだが、劇中人物は誰一人としてシュバルツの正体に気が付かないという、見事な節穴ぶりを発揮しており、ドラマはこうでいいよな、と感じさせる。
 このシュバルツも、ドイツの国旗カラーの覆面と全身タイツタイツのコクピットスーツを着用するという、奇妙な姿ながら説得力と包容力のある人物として描かれ、Gガンダムのノリを決定的にしているように思う。
 このあたりから物語は脂がのり出した印象がある。


3:後期ガンダムファイト編
 ガンダムファイトは開催期間が1年に及び、この後期は本戦にあたる。

 香港を舞台に、香港首相ウォンが仕組む、ガンダムファイトのマッチングにドモンたちが挑む。
 前期ガンダムファイト編で、キャラを掘り下げたファイターや新規ファイターとの戦いを描く。
 ここから登場の、美少女ガンダムファイター「アレンビー」は、バーサーカーシステムという凶暴性を無理やり開放するシステムを用いて、便利に外部からの操作で暴走し、味方として敵として、無理やり話を盛り上げるお手軽キャラとなっている。手軽過ぎてどうかと思う。
 また、ガンダムファイトのマッチメイクをウォン首相が好き勝手に行っているが、ここまで好き勝手にできると、開催国は常に有利過ぎると思われる。
 またこの、1vs1、およびタッグのガンダムファイト終了後、バトルロイヤルで決勝を行う、とされているなど、実はあまり勝敗に物語上の強い意味がない。
 誰がどれぐらい勝っている、どの程度の勝ち点なら、バトルロイヤルに残れる、などの基準はあいまいにしか明示されない。ドモンには全勝を課す一方、他のガンダムファイターが負けてもよいように作劇場調整されている。
 細かいことはどうでもいいから、目の前のバトルに集中しろ。という作りなのだが、この辺が実はちゃんと調整されています、とかだともっと楽しく見れるので、そこは残念に感じる。

 バトルロイヤルが開始され、それにはデビルガンダムの影響下にある、ガンダムも参加する。
 ここで、シュバルツの正体が明かされ、東方不敗の真の目的も語れらる。
 東方不敗の最後は、この物語のもっとも重要なターニングポイントとなっている。
 ここで「機動武闘伝Gガンダム完!」という作りだ。(監督が絵コンテにそう書いたという。)
 自分はこの盛り上がりによって、Gガンダムは良いガンダム、という評価をした。

4:ラストバトル編
 デビルガンダムを用いて宇宙征服の野望を為さんとする人たちと、ドモンたちの戦いを描く。
 また、レインミカムラは、デビルガンダム事件の真相に自分の父が関わっていたことから、ドモンの前から去ろうとする。
 また、ウルベがその野望を明らかにし、レインを利用して宇宙を支配しようとする。
 ドモンはレインを追い、その愛の力で勝利する。
 ここはやり過ぎほどに無茶な話が展開するのだが、実はこれぐらいのテイストが初期から少しは必要だったのではないかと感じている。

■感想
 個人的に、TVシリーズの中では、1stの次に好きなガンダムだというのは述べた。
 1stガンダムの影を引きずらない「もうどうにでもなあれ」というぶっちぎりっぷりが良いと思う。この作品があったからこそ、のちに富野作品でない、ガンダム色の薄いガンダムが続々出てくる土壌となったともいえよう。
 また、海外(アメリカ)ではそこそこの人気があり、その結果として、MIA(モビルスーツインアクション。完成品のアクションフィギュア)で、けったいなガンダムがほぼ全部発売されるということになったという。
 えらいこっちゃ、ありがたや。











 この気が狂ったようなデザインのガンダムがそれぞれ商品化されるというのは偉業だと思うし、それだけのパワーのある作品だったのだろう。
 また、けったいなガンダムNo1だろうと言われるマンダラガンダムが劇中大活躍を見せるために、一部の人に商品化が熱望されていたというのも、ロボは演出次第だというイカした証明である。
 ガンダムがズラリと並ぶカットの時に、その特異なデザインの為に悪目立ちする、描きやすいので中央や大サイズで描かれる、アニメ誌等でも厚遇される、などいろいろあったとは思うが。

 異質なガンダムを作り上げ、評価を得たというのはとてもポイントが高いと思う。
 モノアイを排して新しいモビルスーツ像を模索してきた、Z、ZZ、F91、Vが成功しえなかった地点に反則技で着地したという印象だ。

 次に物語に関してだが。
 実際のところ当時も見ながら戸惑ったのだが、「ネタなのかマジなのか、やってる方が戸惑ってる」ように見える部分がある。製作者も暗中模索だったのではないか。(わざとかもしれないが、自分にはそう見えた)

 Vガンダムが子供層の取り込みを失敗したため、急遽その次に計画されていたボルカガンダムをちゃぶ台返しし、当時流行の格闘ゲームのエッセンスの導入が指示されたのが、Gガンダムだという。
 指示したほうも凄いなと思うし、それをうまく咀嚼した制作陣も見事だ。しかし方向性に迷って見える。

 特に序盤の、前期ガンダムファイト編では、お話のタテツケが、ガンダムで1vs1の格闘トーナメントを行い勝者の国が政治的主導を得るという出落ちのようなネタなのに、それを結構深刻な立ち位置から開始している。
 明朗快活冒険活劇になりそうな下敷きなのに、お話はわりと暗いのだ。

 主人公の立場も、母は死に父は冷凍刑、兄がその原因、拳を通わせた師匠は敵となる、というツライ状況なのだが、それも普通にツライ感じで描いてしまう。
 これは、物語を爆発させる下敷きとして使えばよくて、あそこまで暗くする必要はなかったのではないかと思う。

 古い例で恐縮だが仮面ライダーV3を思い出してしまった。
 V3は家族をデストロンに殺され、自ら改造人間を志願して闘う、というかなり暗い出自なのだが、途中でさまざまなてこ入れが入り、そういった出自もデストロン怪人を全力で倒す事に躊躇しないわかりやすさのバックボーンへとシフトして、V3の強さを強調する方向に舵がとられていった。タイトルバックで「V3!!」と名前を絶叫し、必殺技も絶叫、と非常にわかりやすくカラっと子供向け(今見ると割とそんなことはないが、当時のほかと比べるとそういう印象を受けた)である。
 このあたり、Gガンのノリや変節と似て感じる。Gガンも後半に向けて、はっちゃけてゆく。

 また、Gガンと同じ監督のMr味っ子だが、こちらはグルメ対決漫画なので、カラっと明るい話で始まったが、旨さの表現の暴走を経て、かなり陰鬱な話(主要登場キャラが記憶を失う、事故に合う等)が後半に続いたりした。
 これは、Gガンとは逆の順序だが、物語のマを持たせるための処置だと思う。(味っ子はかなり話数がある)



 といった感じで、ちょっと物語のテンションの線維が気になるのであった。

 新宿編で、東方不敗が登場したあたりから「ギャグを真面目にやる」というスタイルが明確になってくるが、それでも音楽や全体の調子は暗い。

 後記ガンダムファイト編に入ると、もう「カラっとギャグを真剣にやる」というスタンスになっているように見え、わかりやすいのだが、倒した敵が問答無用で復活したり、何度も暴走するアレンビー、マッチメイクのいい加減さなど、ドラマを盛り上げるための手段が手軽過ぎて感じる。

 最後、ラストバトル編は、ほんとうにノリと勢いだけでなぎ倒すような作劇で、細かいことを考えるだけ無駄であり、だがしかし、ハッピーエンドの破壊力というのは大きく、なんかいい話だったような気がしてしまう。

 この、作劇のトーンの違いがどれぐらい初期から意図されていたものかは、スタッフでなけらばわからぬ事なので想像するしかないのだが。
 OPの映像に次々現れるガンダムやキャラクターはかなり初期から明示されており、お話の大枠は決まっていたのではないか、なので「味付けをどうするか」の部分で、振れ幅が大きくなったのではないかと思う。
 そして、様子を見ながら進めた結果、序盤は暗く情念ベースに、後半は明るく勢い重視にといった構成に結果的になったのではなかろうかと。序盤で手ごたえを感じていたらもっとあの調子が後半まで残ったのではないかと思う。
 実際、放送直後の評判は散々で玩具売上も低迷したが、東方不敗登場あたりから好転したとする言説は多く拾える。
 年間売上トータルは、前半の不調が響いて例年程度だったが、SDガンダムの売り上げが伸びたとかも聞く。

 商業的にはそんな感じらしいが、お話的にもこの辺のブレ幅が、自分にイマイチ乗りにくいと感じさせる原因となっている。
 ただこの暗中模索感は、物語の強い魅力にもなっている。
 終わりよければすべてよし。的な。

■感想2:メカ
 当時としては、例えば主役機である、シャイニングガンダムはそんなにカッコイイという認識はなかった。
 顔はオニギリ型であるし、全体的なデザインもいかにも古臭い。カラーリングも野暮ったい。
 劇中重要なフェイスオープンギミックも、玩具再現しにくい構造であった。なにより、カトキによるVガンダムの後にまた、大河原によるGガンダムは、デザインが後退して感じたのだ。
 後継機のゴッドガンダムは、フェイスオープンギミックを廃して、バックパック、胸部の展開ギミックに変更、玩具的には表現しやすくなったが、デザイン単体ではあまり目立つものがない。
 だが、劇中の演出では非常に良い見せ方がされ、決め技のたびに叫ばれる技名や、長い前口上と合わせて、印象的である。また、特にゴッドガンダムは、拳法家のガンダムとして、カンフー的な見得を切るポーズが多様され、玩具でもそのポーズ再現に重点が置かれるなど、良い商品展開がなされたと思う。

 MIAという、塗装済み完成品可動フィギュアで多数展開されたGガンのMF群は、気楽にガチャガチャポーズをとらせるのに向いており、これも非常にマッチしていた。
 (ただしこれは、放送後の発売である)
 ガンダムと言えばガンプラ、という状況が「そんなに誰もかれもが模型ばっか作ってない」という現実との距離を模索していたタイミングで、MIAの充実は良かったと思う。
 ガンプラ自体も現在では殆どがパチ組OK、彩色不要となっており、売上高は最近がもっとも高いという。(商品の高額化が成功している)

 そして、最初にも触れたが、マンダラガンダムをはじめとする、色モノガンダムの発売はやはり驚愕である。
 1stガンダムにおいて、ザクなどの敵ザコメカが人気だったというのも、本当にそれまでにないインパクトだったが。マンダラガンダム商品化も、ガンダムの歴史に刻んでもいいのではないか。

 最近、メカの見分けがつかないとお嘆きの貴兄に。Gガンは解りやすいぞ。

 メカ大好きの俺だって、最近のロボットアニメのメカは見分けにくい。どこの所属かとかも随分難しくなった。
 Zガンダムで、敵味方の勢力のメカデザインが混線したのがこのメカよくわからぬの始まりだと思うが。
 Gガンのわかりやすさは特筆すべきで、牛の顔がついてるからネオスペインだな、シマウマ柄だからネオケニアだな、アメフトだからネオアメリカだよな、というコッテコテのベッタベタである。

 それもあってGガンのメカは、デザインだけを見てほしくなるようなものは少ないのだが。
 だが、少ないのだが、演出込みでは「ちょっとこれ欲しい」と思わせるものが多いのだ。

 特に見栄えのしないデザインのクーロンガンダムは、マスターアジア東方不敗が搭乗することにより、やたらめったらカッコイイポーズが多くでてくる。
 超級覇王電影弾という自身がエネルギー体となりマップ兵器のように敵をせん滅する技があるのだが、最後の決めポーズなどは、非常によく、これは玩具がほしい、と感じた。
 シャイニングガンダムの収納移送ケースであるブッド・キャリアーは、まるで仏教の蓮絵のようだが、Mr味っ子の味皇が花の中から現れたシーンが元ネタだという。単体だと特に欲しくないが、あの登場シーンとセットならばわりと欲しいと感じさせる。ライディーンの人面岩のような魅力がある。

 上でずいぶん褒めたが、マンダラガンダムだって演出込みだと玩具が欲しくなるのであった。
 胸に風車のついた、ネーデルガンダム(ネオオランダ)は、バカみたいなデザインだが、劇中複数台登場するシーンが印象的なので、複数購入した知人が居る。

 この「メカは演出次第で玩具欲しくなる」というのはとても重要だと思う。
 それを成し遂げた、Gガンダムは拍手喝采でイイのではないだろうか。

 実際に欲しくなったころには物語が終盤だったので、売上への貢献は難しいところだったと思うが、その後の展開や隣接市場には好影響だったというし。

 序盤は売上も散々だったというが、ファンはガンダムにリアルを求めているのを子供にもウケるように変更しようという企画なのだからそのミッションは難し過ぎると思う。
 今ほどのガンダムの定着状況であれば、鉄血ガンダムとガンダムビルドファイターを二本立てで動かして様子見するとか、まぁいろいろ手はあるのだろうけれども。
 当時としては、1つの船で海も川も山も宇宙も全部に行こうとするような、そういう企画のあり方が普通だったのだろう。ファンとスポンサーと制作陣と子供で、一つのガンダムを引っ張り合っている状況が、Vガンダム、Gガンダムでは強く表れているように感じる。

■バンクの力
 アニメ等では、同じシーンを使いまわすのを「バンク」と呼び、省力化の手法とする。また、合体変形シーンなど作画が大変な見せ場なども、同じくバンクを用いる。
 玩具のCMとしての側面の強いロボットアニメは、マジンガーZのパイルダーオンから始まり、コンバトラーVの合体を経て、とにかく乗り込み、出撃、合体変形、必殺技等をバンクで処理し、それ自体を見せ場として、毎回流す、という手法が定着していた。
 特に、発進、合体、変形、必殺技、は玩具商売上重要なので、丁寧な作画でビカビカと派手なエフェクトを合わせながら演出され、そのシーンを見るためにアニメを見るという視聴スタイルは、それぞれの作品の放映当時は一般的だったと思う。

 1stガンダムはそういった風潮をある程度意図的に回避している。
 1stガンダムはリアルであることが価値であるという作り方だという話を以前に書いたが、バンク部分も、派手に見せることをあえて避けている。必殺技がない、名乗りを上げない、強調し過ぎないなどだ。
(「ガンダム、アムロ、いきまーす」や「空中換装」など、きっちり見せ場は用意しているが、同時代のロボットものほど派手にしないように意識されている。)(敵ザコの破壊シーンは飽きる程にバンクだが地味)
 1stガンダムの影響下のリアルロボットアニメは変形合体必殺技バンクをあまり用いない、地味にやる、事を価値としているので、あまり印象的なバンクは無い。
 今やってる仮面ライダーエグゼイドは久しぶりにバンクによる変身シーンのあるライダーなので印象が強いのだが、ライダーだってここんところはずっとバンク変身を使っていなかった。

 なんというか、バンクは、手抜き、ワンパターン、という印象もあって、悪とされている空気もある。

 しかしGガンダムはバンクの塊である。
 ナレーションおじさんの「ガンダムファイトレディーゴー!」で物語が始まり、戦闘になれば「来いガンダーム!!(指パッチン)」から「モビルトレースシステムによるパイロットスーツ着用」そして「俺のこの手が光って唸る~」からの必殺技発動「ヒートエンド!」で終わるまで、バンクシーンを矢継ぎ早につないで、音楽に乗せて一気に流し込んでしまう。
 だが、おかげでわかりやすいし、子供的にも見ていてわかりやすく盛り上がれるのではないか。
 これは、アニメがたっぷりと1年間放送していた時代、DVDの売り上げよりも玩具売上がメインの時代だからこそな演出だと思う。
 1クール12話とかのアニメが普通の現在の目から見ると、毎回同じような話ばかりだし、要らない話も多い。
 しかし、この水戸黄門的転回はやはりある種の快感を生むので。
 今この手の作品を作るには、子供向けの日曜朝枠でないと無理なのではないかと思う。

■感想まとめ
 Gガンダムはに関しては、自分の中で良い評価と悪い評価がごちゃまぜで存在し、そして良い評価の部分の突出しているところをもってして「良いガンダム」という評価をしている。

 自分の感想(序盤もたついたが、東方不敗の登場あたりから、話のテンションが上がりだし、終盤のテンションはかなり高く、そのまま綺麗にハッピーエンドを迎えた、というもの)と、世間の評価や売上が、一致しているようなweb情報を多く見るのだが、web情報は大抵あてにならないし、視聴感覚と売上がそれほど合致するものでもないと思うので、事実はまたちょっと違うところにあるのかもしれない。

 ほかの人のGガンダム評もぜひ聞いてみたいと思う。

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