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映画 ガンダムf91 感想
機動戦士ガンダムF91

 amazonPrimne会員になってしまったので、モトを取るべく何か作業をするときには、とりあえずビデオを流す、という状況になっている。
 初見の映画でそれをするわけにもいかぬので、もう何度も見た奴を。
 ということで、評判の悪いガンダムf91を深夜に見た。
 もうネタバレを恐れる作品ではないが、気にする人は回れ右で。


■あらすじ
 ガンダムの時代から40年。
 人は宇宙と地球で生活をしている。長く続いた平和の中、地球連邦政府による社会は腐敗していた。

 ジャンクやから一代で身を起こしたブッホコンツェルン総裁、シャルンホルスト・ブッホはその過程で民主主義の退廃を痛感した。
 彼は、旧貴族の家名を手に入れ、ノブレスオブリージュ(高貴なるものの義務)をベースとした社会革命を考えるようになる。
 息子のマイッツアー・ロナは、幼少期より父の教育下にあり、その貴族精神を「宇宙貴族主義」として提唱し、その理想国家建国のために、行動を起こす。
 政治、経済、軍事、コンツェルンのパイプと資金力は、それを可能にし、高い志は行動力となって暴走する。

 マイッツァーの娘と結婚した、ロナ家の入り婿である、カロッゾはマイツァーの思想に過剰に入れ込み、妻に逃げられ、娘にも距離を置かれ、そういった状況下で、自身を強化人間として改造し、表情を押し殺す鉄仮面をつけ、ロナ家の理想国家建設のための私兵として組織された「クロスボーンバンガード」の総裁となる。
 彼が進める作戦は、宇宙貴族主義のため、増えすぎた人類を効率的に減らす、自動殺人機械『バグ』を用いた非人道的なものであった。
 心の弱さから、それを人為的に強化し、ゆがめ、着地点を失ったまま暴走する彼は、この物語における、倒すべき敵となる。

 一方、主人公シーブック・アノーは普通の高校生であったが、クロスボーンバンガードのコロニー強襲を受けて、同級生たちとともに、クロスボーンバンガードと戦うことになる。
 母が開発していたモビルスーツ、ガンダムF91パイロットとして。

 ヒロインであるセシリーフェアチャイルドはシーブックの同級生であるが、実はロナ家から出奔した、カロッゾの妻につれられていたベラ・ロナであり、クロスボーンバンガードは、彼女を神輿として担ぐ。

 クロスボーンバンガードの、理想国家建国のための作戦が進行する中、各自の思いが交錯する。

■感想
 ものごっつい情報量である。
 TVアニメ1クール分のシナリオを2時間に詰め込んだものだそうだが、普通に4クール分ぐらいありそうだ。
 情報は主に各キャラの出自とそれによって表出している性格的な部分だ。物語的なギミック、SF的なギミックは比較的シンプルで3行で説明できる程度。

 当時、ワクテカして映画を見に行った自分は、イマイチ物語もメカも楽しめなかったのだが。
 歳をくって子供ができた今見るとこれは、なんか全然違う角度で胸に刺さるのであった。

■家族の肖像
 テーマは家族なのだろう。
 心の弱さから、妻子に逃げられ、自ら強化人間となった、鉄仮面カロッゾ・ロナは、この物語の倒すべき敵なのだが、ただただ哀れである。
 彼の連れ子である、ドレル・ロナも、ロナ家の出自でないことがコンプレックスとなっていて、過剰に貴族的に振る舞い、コスモ貴族主義に傾倒する。
 セシリーも家族と状況に流されざるをえない。彼女の母との関係は複雑だし、父との関係は破たんしている。

 貴族主義を唱えるマイッツァーロナも、出自は一般人であり、家名は購入したものである。

 彼らの唱える貴族主義は、血統の問題ではなく、覚悟のある者、高貴な精神を持つ者こそが貴族であるというものだが、ロナ家の家名を購入したりしており、根底に流れる思想に、虚飾的なものがある。

 対する、主人公であるシーブックや、その両親も姿も書かれる。
 シーブックの父は、この物語における、数少ないまともな大人だが、それですら一筋縄ではいかない。
 母は、仕事に傾倒しすぎてしまった大人であるが、状況になじんでゆく。

 それ以外の登場人物も戦場という異常な状態でピリピリしており、家族の距離感をあぶりだしている。

 これは、子供心に面白がるのは難しい内容なのだが、歳食ってから見ると、うああああ。と感じてしまう部分があった。
 よくこんなものを子供向けロボットアニメに投入している。
 しかもそれを、「鉄仮面が頭から光ファイバー生やして有視界コクピット巨大モビルアーマーで暴れる」という絵に着地させる。
 ああ、こういう父ちゃんいるかもねーテンタクルロッド振り回してくるんだよなー。という無理やりな納得感の生成。
 この、複雑な話を極力簡単な絵に落とし込んで、イメージとして処理する、わかりやすくどうにかする、というのは富野作品の典型的な力技だが、これは本当に乱暴すぎるほどに力技だと思う。
 逆襲のシャアでも、地球を汚す人類をどうするかという話に対して、「地球に落ちるアクシズを意志の力で下から押し返す。」という、物語をわかりやすい絵に落とし込む、という力技が使われているが。

 鉄仮面+ラフレシア(有視界脳波コントロール巨大モビルアーマー)+バグ(自動殺戮マシーン)という、強烈すぎる絵ヅラが、それは家族の問題と人間の心の弱さの問題、肥大化してしまったエゴの問題、しかしそれすら人為的に自ら望んで成したという弱さ。絵としてわかりやすくしたらこうなったよという。
 うわぁぁぁ。と思っちゃうよね。

■詰め込み
 こんな話を2時間でやるのか。という詰め込みっぷりのため、説明セリフが大量に流れるのだが。
 劇場版Zガンダムを見た後ならば、普通の映画に見える。
 富野作品は比較的かみ合わない会話の中で、説明と雰囲気だしをするのが常だが、F91も相当に奮っている。
 家族間の描写に重点が置かれており、SF的なギミックや勢力闘争の状況などはわりとおおざっぱだ。
 どちらかというと、後者に興味がある自分は、ちょっと困る部分でもある。

■メカ(MS)
 当時の記憶で書くが、ガンダムF91のデザインは時代感覚としてそれほどピーキーではなかった。
 逆襲のシャアのMSのフィニッシュが出渕裕の手によるものであるように、大河原邦男のメカデザインは当時の感覚としてもう、すこしクラシカルな印象だった。
 しかし、F91の小型高出力MSというデザインオーダーに対して、「じゃあ胸部のダクトは1個にして巨大化」という回答は見事だと思う。


 F91が特別な機体であるという、デザインが語るものになっている。

 一方敵側、クロスボーンバンガードのMS群。


 今見ると悪くないし、ガンダム敵側アイデンティティのモノアイを捨て、ゴーグル型の目などをフィーチャーしつつ、「貴族主義」ってことで、過剰装飾衣装的なラインも足されつつ、ああ、オーダーされたものに対して的確なデザインなのだなと思う。

 当時はこれらの機体が好きではなかった。

 F91も、顔(口)があるとか、銃器のデザインがわりと微妙SFチックであるなど、チグハグな印象があるし、いわゆる「MSやガンダムに期待されるリアル」とちょっと違うところに着地している。

 かつて、「リアルの記号であった動力パイプ」は、気が付けば「なんでそんなところにパイプむき出しなのよ、リアルじゃないね」という記号になっており、貴族服の装飾モールのようなものとなっている。

 これはこれで、今見れば味わいがあるのだが、とにかくリアルロボバトルが見たいという熱量だけでアニメを見ていた自分には刺さらなかった。

■メカ(ラフレシア、バグ)
 これによって、当時の自分の、F91の映画としての評価は低かった。
 カッコ悪いのである。

 今見れば、一応わかる。
 ラフレシアは、心の弱さを鉄仮面で包んで、肥大化した自我を巨大な機体とし、触手とビームで武装した、有視界操縦のこのメカは、カロッゾそのものなのだ。
 もうちょっとこう、なんかクッションを挟んで、SF的リアルを感じさせてほしかったと思うが。

 バグは、Zガンダムの毒ガスではなく、もっと身体的な痛みを感じる殺戮兵器が欲しかったのだろう。
 毒ガスだと、バトルにならないし。
 しかし超電磁ヨーヨーが、何の動力か不明で飛び回って攻めてくるってのは、もっと説得力が欲しい。

 この映画中最大限重要なギミックである、ラフレシアとバグが、このようにイマイチなので、F91の評価を下げていると思う。

■物語のリアリティ
 タテツケとしての、宇宙戦争と、本題としての家族の問題があり、家族の問題はよくぞこの短時間でこんなに突っ込んだなという描き方だが、宇宙戦争部分は、時間とガンダム的バトルの制約が難しく、大枠として、局地戦的なリアルは担保されるものの、大局的にはどうなってるのだかわかりにくい、そもそも一体全体何をなせば解決なのかという感じを受ける。
 そしてその局地戦的なリアルを、ラフレシアとバグがぶち壊すのであった。

 メカにしか興味のないお子様であった自分にはきついわ。

 さらに言えば、最終局面になだれ込む戦闘が、その必然が映画の内容だけではわかりにくく、感情も状況に合わせて高ぶっていないので、勢いで押し切れず、そこで自分の中では評価を下げたのだ。

 民主主義の腐敗に対する宇宙貴族主義、という物語のタテツケ自体が、リアルな宇宙戦争を希望する視聴者としての自分との食い合わせも悪かった。
 多分に厭世的な話であり、おっさん趣味であり、こういう寓話もあるよね、と思って楽しめるのはおっさんになってからだろう。
 だって宇宙貴族だぜ。ギャグかと思うじゃん。
 歳食えば寓話として処理できるし、ガンダムUCのあれを見ちゃうともう、なんでもいいしね。

 個人的にいいなぁと思っている、連邦軍の腐敗っぷりも、みんな投げやりでおおざっぱで人命軽視していて、なかなか不快な感じとなっていて、これもこの不快な感じがいいね!というのも、これまた年寄りの感覚だろう。
 若い視聴者にはキツめ。

 そういう、大人向け(大人の寓話向け)的な部分と、ないわーという感じの絵ヅラ(バグ、ラフレシア)が、コンフリクトなく呑み込めるのは、ある程度アニメ映画に諦観のある人向けだと思う。
 もっとすごいものを、もっと本格的なSFを、バトルを、本格的なドラマを。というような期待をしてみていると、え、リアリティレベルはそこに線を引いちゃうの?という感想になる。

 実際のところは、全体的にひどいわけではまったくなく、見事だな、さすがだなというポイントは多い。
 主人公がなぜガンダムにのるのか、といった部分を非常に短時間で上手くこなしており(観客が思う、「乗る必然がない」を本人に言わせ、学友が死に急いで見えるので俺が乗るといわせる)
 セシリーの振る舞いも、立場を考えればああなるほどとなる類だ。人間対人間の部分はかなり丁寧だ。

 ほか、今見ると、ガンダムUC含め、それ以降のロボットアニメに残した影響はとてもデカイなと。
 そういう意味では、現在の評価以上のポテンシャルがあるのだろう。

■まとめ 
 書いたように、良いところと悪いところが混在しているのと、悪いところも考えようによっては美点なものだから、おいそれとおすすめしにくいが、歳食ってから見るとずいぶん感想が変わる。
 amazonプライムに入っちゃった人は見ておくといいと思う。

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