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web 樋口監督インタビュー 感想


 樋口氏は、自身の監督作品の進撃の巨人の出来がイマイチで、ネットではケチョンケチョンであった。
 身内からも腐されていたし、自分もネットで言われる程ではないが厳しいなぁという視点で見ていた。ほかにも沢山撮っているので、進撃2本で評価を固めるべきではないが。(ローレライ良いよね。あと特技監督としての腕は確固たるものがあると思う)

 そしてシンゴジラは庵野氏が総監督、樋口氏が監督という取り合わせだ。
 シンゴジラが名作であるのは俺の中では疑いようのない事実なので、この先その前提で文章を書くが。

 庵野氏にしたって実写映画は結構散々で、あんまり期待していなかった。そこは樋口氏と同じである。

 しかし、ここでシンゴジラが大成功をしたのは、かの天才を理解し通訳する、理解者が居たからかもしれない。現場とのクッション。些細な面倒を監督から遠ざける人。
 庵野氏に樋口氏がいたからこその成功かもしれないと感じられるインタビューであった。
 進撃の巨人の時、樋口氏にも樋口氏が欲しかったかもしれない。 

《撮影現場で庵野総監督の存在感は際立っていたようだが、樋口監督と対立する場面もあったのか》

 僕が対立する前に、庵野総監督とスタッフの誰かが対立している。僕は、その間に入ってなだめすかす役目でした。
(中略)
彼は大半のスタッフを敵に回したけれど、それくらいじゃないと、この作品のレベルに達することはできない。完成した作品の出来を見て、スタッフはコロっと(味方に)ひっくり返った。ああよかった、と思いましたね。


 創作は本当に孤独な作業で、完成するまで評価を得ることができない。
 その作業の中でスタッフとぶつかるのは非常に怖い。味方がいなければ完成しない可能性すらある。

 庵野氏はトップをねらえ作成時のエピソードとして外部発注した出来の悪い背景美術を直したいが、時間がないという時に、泣きながら壁に頭突きをし続け、美術の人を「泣く奴には勝てない」と、あきらめさせ、仕事をさせたというエピソードがあるそうだ。
 これを通用させるには、やはり理解者が必要だろう。
 この役割の一部を樋口氏が担っていたことはインタビューに表れている。

脚本に関して、製作側からは、「もっと人間ドラマを増やしてほしい」など、いろいろな要求があった。だけど、そういうものをすべてそぎ落としたところに、今回の映画があると思っていました。


製作側からは「分かりやすく言い換えてほしい」という要求があったけれど、闘い続けました。言い換えたら、嘘になってしまう。


 権利やお金を持つ人に逆らうのは難しい。
 すべてがパーになる可能性があるからだ。
 制作側の意見も、もっともな話でもあり、しかしそれを踏襲していては作れない種類の映画を作ろうとしている。
 さらに言えば、興業的に失敗していたら、制作側の意見を聞かなかったからだ、という事になっただろうし、そういう映画も多いだろう。

 そういうあれこれが解ったうえで突っぱねる。
 庵野氏が今回、これだけの映画を撮影できたのも、自分を理解してくれる人が居た事と、そもそもパァになっても平気な身分である事、ワガママを通せる立場であった事、などいろいろな要因があるのだろう。
 それでも、もともと素人の頃、若手の頃からそれを通してきた人なのだろうし、それが上手く行ったり失敗したりというなかで着実に実績を積みかせねているからこその立場なのだろう。
 さらに言えば、いろいろなものを突っぱねても「俺の考えが正しい」という確固たる自信があったのだと思われる。

 正直ほんと気が狂ってると思う。素晴らしい。天才とかそういう言葉を使うのはアレだが。そういう類の人なのだろう。
 才能にはそれだけの価値がある。
 気が狂っていても才能のない人のほうが普通だというのに。
 それに付き合った樋口氏ほか大勢のスタッフ、制作側の人も大したものだ。

 ゲーム業界ではメタルギアで有名な小島氏が、とんでもない予算を毎日溶かしたり燃やしたりしながら、高みをめざし、それを達成するという技をカマしたのが記憶に新しいが。

 これも、そのプロジェクトにお金をベットしてる側から見ればヒヤヒヤものだろう。
 事が大きくなればなるほど、かように、一人の創作者とそれをささえる大勢、さらにその外枠の大勢というのは、話がややこしくなっていく。

 まずは狂気を発揮できるだけの信頼を勝ち取らねば、理解者を得ねば、狂気込みの才能というのは開花しないし。
 必須なのは、狂気ではなく、才能の方なわけだし。

 だが。
 人間的によくできていて、そして才能もある、という人が居ても、人間的な押し引きで才能をつぶしてしまうかもしれないし。
 自分に才能があると、勘違いしているだけの人だって紛れ込んでいるわけだし。

 いろいろな、奇跡的な組み合わせがあって、その結果としてやっと良いものができる。

 悪役になっている制作側の人だって、それまでの経験則から一番勝率の高い事を言っているにすぎないし、最後には折れているわけで、ここで折れたというのは映画の完成度に十分以上に貢献している。

 樋口氏が見事な参謀として庵野氏を活かし、それを現場も政策も良しとして動いた。そういう美談でいいのかな。

 才能を生かすも殺すもまわり次第だ。
 自分もうっかり殺さないように気を付けないといけない。
 殺されるような才能が無いのは幸いというか、残念だが。

2016/08/23(火) 22:32:10| 固定リンク|web| トラックバック:0 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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