島国大和のド畜生
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今更ラクガキしていてフに落ちたのだが
■ヒマがあればラクガキばかりしているが
 なんとなくフに落ちたというか。
 極端に目が大きい美少女とか。顔は正面向きなのに、口がこっち向きについているムーミンやアヤナミとか。全身が収まるカットなのに、マツゲまで鮮明に描かれていたりとか。
 そういうものへの違和感というのは常にあったが、それはそれ、そういう処理をしたほうがそれっぽいからそういうもんだ、という理解をしていた。

 しかし。 これは、あれだ。

 人間の脳は、もともとそれほど写実的に世界を見ていないから。
 たとえば、とても巨大に感じる夕日は、写真に写すとたいしたことはないサイズだ。
 円形に感じる遠くのマンホールは写真ではほぼ横線だ。
 テニスをやる人はボールとの距離感が前後と上下で違う事を経験的に把握しているという。
 ほぼ等距離にある、昼の太陽と夕日でなぜあれほどサイズが違って感じるのか。

 人間の脳は、正しいパースでものを見ていない。

 幽体離脱体験などは、あれは世界を立体的に把握しているから、それを脳内で再構成して自分の視点ではない視点から世界を見下ろすシミュレートをすることで、錯覚として幽体離脱を感じるらしい。

 写実的な絵というのは、カメラの誕生以降は、写真の模倣なわけだが。
 ようするにカメラが出てくるまでは脳は写実的にものを見ていなかったし、今もすきあらばそうなのだろう。もちろん時間を切り抜かないし、パースなんかは別の理屈で考えられている。

 むしろ、エジプトの壁画のように、横顔だけども目は正面向きであるとか。浮世絵のようにパースがほとんどないとか。ああいうのが心象的には正しいのではないかと。

 人間の目はすべての距離に対してピントがあうパンフォーカスだし、意図なくズームする。光学的に見えない角度のものも、脳内データベースから探り出して適当なものを見る。

 バクマンや、エヴァンゲリオンで、あの画力ながら、横顔で口がこっち向きについているのは、そのほうがすっきりするから記号的に処理しているという理解をしていたのだが。

 むしろああいう処理をすべきだ、というロジックなのだろう。

 これで、とんでもなく目の大きい美少女も、指の関節が1コ足りないデフォルメも、奇形を超えた巨乳も、ツメの形状がわからない距離でも描写されるマツゲも、どれもこれも納得がいく。

 人間のものを見るフィルターを通すとああなのだと。

 もちろん理屈ではわかっていたのだが、今まで違和感を感じていた部分が、なんとなくフに落ちた。

 自分自身、服の縫い目やリベットなど、そんなものをそんな解像度で描くのはオーバーではないかと思いながら、しかしそれはリアルである記号だから書いておいたほうがそれっぽいと思いながら描いていたのだが。
 そういうもんだったんだな。

2016/06/05(日) 03:19:08| 固定リンク|メモ| トラックバック:0 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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