島国大和のド畜生
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クソゲー力
 師匠スジの言葉だが。
「世の中にはクソゲー力が満ちていて、ゲームは普通に作ればクソゲーになる」
 というものがある。

「面白いゲームが作りたければ『知恵と勇気』が必要である」

と続くわけだが、そこはさておき、クソゲー力についてちょっと掘り下げる。



 まず、面白いゲームを思いついたとしよう。
 大抵の場合はそれが面白いのは考えた人の脳内だけである。
 実際に作るとそんなに面白くないということは良くある。また実際に作るのが困難というのもある。

 複数人数で作る場合、それぞれの理想が異なる場合がある(というかほとんどだ)
 開発チームだけでも理想はバラバラだというのに運営やその他ほかの関係者はさらにバラバラだ。

 船頭多くして船山に登る。ゲームはクソゲーになる。
 普通にゲームを作るだけではクソゲーになってしまうのだ。

 ではどうやって面白くするか。天才があちこちを騙してでも面白くなるようにチューニングするという手がある。
 しかしこれは自分が天才だと思っているバカが同じことやると糞まっしぐらだ。

 関係者すべてを説得するという手もある。しかしこれはもうほとんど無理だ。とがったアイデアほど反対者は出るし、みんなが納得した頃には面白くもないフツーのゲームになりかねない。

 地道にユーザーテストをやるという手がある。これがもっとも手堅いと思うが、ユーザーテストの結果をどう解釈するかにもそれなりに熟練の技と才能が要る。そしてこれはとても工数がかかる。

 多くの人がかかわればクソゲー力は強まる。(面白さ以外の要因も重要になるし)
 人数が少なければ、出来ることが少ない。クソゲーどころか完成しない場合もある。
 一人でも、自分の意見とプレイヤーの意見をすり合わせられない場合もある。

 ゲームはチューニングが命だが、チューニングコストはバカ高い。それをかけ続けることに首を縦にふれる企業は少ない。 
 ちょうどいいところでの見極めも必要になる。

 どこまでもチューニングをするというブリザード社などは、何年間もチューニングしてて「やっぱヤメ」と公開をやめたタイトルが結構ある。
 あの規模と経験の会社でも、どうにも面白く完成しないってことがあるのだ。それをやっぱヤメに出来るのは流石ではあるが。

 世の中、面白いゲームというのは何らかの奇跡の結晶のようなものだと思う。

 とにもかくにも奇跡の結晶が発生するように確率を上げるために色々とあがくわけだ。

 それには自分の我を突き通す場合もあれば、とっとと我を折る必要がある場合もある。
 どれが正解かは、ユーザーに公開されてみるまでわからない。

 そもそもメンツの時点で一定以上の高みを目指しちゃだめなときもある。

 なんとも難儀な話だと思う。

 願わくば、多くのプロジェクトがクソゲー力から逃れて奇跡の結晶を作り上げんことを。

2014/10/14(火) 05:31:25| 固定リンク|日記| トラックバック:1 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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