島国大和のド畜生
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ガンダムUC6 感想
 PS3の先行配信で見た。
 以下ネタバレバリバリで記述の為、見たくない人はスルーで。
 じつはあんまりUCの話書いてないけど。


■お話
 宇宙世紀の発足に関わる機密をのせたユニコーンガンダムが指し示す座標を追って地球連邦政府と宇宙移民の鞘当が続く。
 それぞれの勢力が最後の座標に向かって移動を開始する。

■感想
 前作を見てから随分経つので記憶が曖昧になっており「誰これ?」「今どういう状況だっけ」「あれこいつ生きてたっけ」のオンパレードであり物語の見方としては最悪であった。これは視聴者として私の態度が悪い。

 情報が出そろい、フルフロンタルのひとまずの目標も語られ物語も終盤に向かう。
 こういうペースでの刊行でなければ採算が取れないというのもこの手の映像作品は大変だ。
 旧作ファンに向けてガッチリ作れば商売になるという先例としてはでか過ぎるタイトルになったと思う。

■メカ戦闘
 宇宙に上がってしまうと、どんなに凝った演出をしようがイマイチ盛り上がらなくなってしまう。
 まったく、映像作品での宇宙戦闘は鬼門だ。
 結局画面を横切りながら発砲、着弾、爆発だけを繰り返す、Zガンダムのようになってしまう。
(よく悪い例でZガンダムのこの戦闘をあげるが、丁寧な近接+遠距離の組み合わせをやった回もあるので、イメージの問題として理解して欲しい)
 あと、あんまり説明無しにメカを使いすぎる印象がある。逆襲のシャアが、MSとはなんだ、モノアイとはなんだ、ダミーとはなんだ、といった細かいエクスキューズを絵でやっていた箇所を、わりとすっとばし気味。ガンダムのなんたるかを知ってる人向け。まぁそういう商売だしそうなのだろう。逆襲のシャアがわざわざそこからやり直してる事の方が異常というか。だからこそ評価高いけど。

 以後あまりガンダムUCと関係ない話を書く。

■ロボットものの戦闘に関して
 ロボットアニメというのは、ロボットの戦いを見せるアニメである。
 AVが女優裸体を見せるのが本筋であるように、萌えアニメが美少女の媚態を見せるのが本筋であるように、ロボットのバトルを見せるのがロボットアニメであるという認識だ。

 そうであるがゆえに、意味のない戦闘というのが発生する。
 自分はよく「消化試合」という呼び方をする。物語的にオミットしていい戦闘のことだ。
 戦闘開始前と戦闘終了後で、勢力図が変らず、物語は進行せず、漫画におけるパンチラ等のサービスカット同様の「商業的要請から戦闘をやったが意味はない」といった類。

 基本的にロボットアニメの戦闘とはそういったものだ。
 初期ロボットアニメは1話完結であり「敵が攻めてくることで平和が破られ、それを撃退することで平和を取り戻す」というものであった。
 そういったフォーマットにおいては言ってしまえば全ての戦闘は消化試合である。

 かつての長浜監督によるコンバトラーVなどは、マジンガーZのアッパーコンパチとして、大きな物語のうねりがちゃんと有った上で、サービスカットとしてロボットバトルを挟み、その戦闘もちゃんと意味を持たせるという構造で、かなり優秀なフォーマットを作ったと思う。それでもやはり消化試合は消化試合であった。

 富野監督による1stガンダムは、今振り返ってみるとかなり消化試合を排斥しようとしている。大気圏突入や敵の補給艦を叩けなどSF戦争がジェットを盛り込み、しかも事態の着地点を可能な限り戦闘前後で変えている。
 ガルマやランバラルなど良く考えたらエピソードごと不要(アムロやクルーの成長を描いているので不要ではないが、戦局的にはオミットできる)な、キャラクターを使い捨てていく事で、物語を常にシャッフルし、ホワイトベースクルーの精神的支柱になってたリュウを殺す事で物語を予定調和で終わらせない。
 そういった緊迫感の中での戦闘は、消化試合を感じさせないだけの仕組みが詰め込まれている。

 端的な例を出すと「シャアの艦隊はホワイトベース追撃中にザクが足りなくなって補給を受けている」そして「補給自体をドラマにからめている」。

 戦闘の開始と終了で、戦力図が変らない、元の平和に戻る、というのがそれまでのフォーマットに対して、戦闘すれば何かが減る(人員も)というのを、物語初期でやったのはかなり大きい。
 後半のホワイトベースクルーの疲弊の堆積や、ブリッジにクッション持ち込んでぐったりしてるなど物語の進行感を常に出している。

 このあたり、既存のフォーマットに疑問を投げかけているが故に出てくる緊張感が心地よい。

 ガンダム以降、リアルロボットブームが隆盛し、疑問を持たずにガンダムフォーマットを下敷きにした量産型アニメが溢れたが、こういった消化試合回避への取り組みは少ない。
 戦闘シーンは見せ場として動きはあるが意味のないものが増えた。

 マクロスなどは、素晴らしい戦闘アクションで意味のない戦闘シーンが描かれる。まさにAVのドラマとHシーンのような乖離があった。
 誘導ミサイルによる戦闘の決着はパイロットの技量に関係がなく物語的な抑揚と葛藤を欠いたものとなっていた。(それはそれで戦争の気分を表すのだが今回はその話は避ける)
 戦闘シーンを見る興味は、戦闘シーンの描写のみに集約されていく。だってお話と関係ないんだもん。


 んで、一週回って宇宙戦闘の話である。
 とりあえず、お話的な要素でなんとか戦闘のマを持たせるべきだ、という話は上までで終わりで、以後とにかく戦闘シーンのマを持たせて欲しいという話をする。
 地上はなんとなくマが持つのだが、宇宙はよほど工夫をしないとマが持たない。

 例がわかりやすいと思うので、また1stガンダムを例にするが。
 ガンダムでの宇宙戦闘は基本的に、遠距離からのビームライフルでザクが爆発するというバンクを多用したものとなる。
 印象を変える為にサーベルによる接近戦が混ぜられる。サーベルで戦艦を落とす、弾切れになったバズを捨てるなどもこういったアクセントに含む。

 それだけやっても流石に飽きる。

 もちろん工夫はされており、初期はアムロが機体になれていない故の危うさ+機体性能での圧倒でマを持たせ、地球に下りてからは後で述べるが多彩な戦闘があり、再度宇宙に上がってからは、アムロの強さを際立たせる1発1殺の戦闘になる。
 一発一殺の戦闘など面白くなりようが無いのだが、ニュータイプ描写と、映画版ではやたら丁寧なスラスター描写で一騎当千の活躍をするアムロを際立たせていく。ほんとよくやる。

 それでもやはり似た表現になるし(バンク多いし)、表現自体に飽きたら物語とのリンクは薄いので消化試合になってしまう。
 お話的に主役が負けるわけにも行かないし、緊迫感を保つことが出来ない。

 ガンダムUC6でも、遠中近の戦闘の書き分けや、ダミーの発射などを含めいろいろとアクセントを交えているが。やはりどうしても、発砲、着弾、爆発の演出が増える。当たり前なのだが。

 1stガンダムが、地上では、ザクをちぎっては投げの活躍をし、シールドを分投げて敵に突き刺し、切り裂かれたシールドの下でビームサーベルで攻撃を受け止め、ザクの鼻をつまんでは引きちぎり、ガウ攻撃空母に空中でよじ登ってジャベリンを突き立てるといった大活躍だったのに宇宙に上がると毎度同じ銃撃戦だったのと同様に。
 表現的な問題もあり、作画工数の問題もあり、どうにも宇宙戦闘は鬼門となる。(繰り返し)(もちろん地上でも工夫を凝らさねばつまらない戦闘になる。)

 ガンダムUC4は地上戦闘であったが故に(あと旧ジオン軍大集合であったが故に)絵的な面白さ、動きの面白さは格段であった。そのあと5で宇宙に上がって戦闘のマがもたネェとストレスをタメたあとの6なのでさらにそういうことを考えてしまった。

 怪獣映画では、怪獣が主役に見えるが、怪獣が動くことによって破壊される町並みが影の主役だ。
 歩くたびにゆれる地面と車両、火炎に吹っ飛ぶ人々。倒れ掛かられ破壊される建造物。比較対照物が回りにあることは表現を豊かにする。(作画コストや撮影コストは跳ね上がる)
 宇宙はこういうものが足りないからマが持たない。見ててワクワクドキドキする要素が少ない。

 逆襲のシャアでは落下するアクシズの地表や岩石をうまく使ってなんとかマを持たせていたが、それでもキック、パンチといったザブングル的な格闘戦を入れないと、マが持ちきらなかった。

■まとめ
 宇宙戦闘なんて、現実にはまだ無いので、演出の仕方次第ではまだまだバケる要素があると思っている。
 個人的にはCGが使えるようになったことで、艦船に近い位置での戦闘によって、もうすこしメリハリ利かせたバトルを魅せてくれなものかと期待している。
 結局こんだけ長文をダラダラ書いて、UC6には殆ど触れていないが、世の中そんなもんだ。
 最初に断りいれたし。てへ。

2013/03/10(日) 20:21:38| 固定リンク|日記| トラックバック:0 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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