島国大和のド畜生
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子供と母親への理解と働き蜂化した世の中と
叱る母親・泣く子供...ある日の電車内にて

 長いので勝手に要約すると

電車の中で子供が泣いていて母親が子供と対話せずに、ただただ泣きやむようにと言うばかりでイライラした。
子供への叱り方が「恥ずかしいから泣くな」「皆が見ている」など「なぜ泣いているか」聞かない。
老夫婦が優しく接して子供を泣きやませた。筆者が持っていた飴をあたえた。
老夫婦に険しい顔をしていたね。などと話しかけられた。いろいろ思った。

 これは、クチを挟みたくなる話題であった。


 元文章自体は個人の感想なのでさて置く。
 作り話で無く、描写が正確なのであるならば、不快感を顔に出しているのを咎められているのに気が付いていない感じに見えるが本題とは異なるのでそこは掘り下げない。

 この先は一般論のフリをした別の何か語りだ。
 子育てを経験した事の無い人はこの母親を責める事は難しいよ。
 という話を書く。



 子育てのプロであったと言う老夫婦を盾に子育て未経験者が母親を非難する図に見えてしまう。

 そりゃね。俺だって子供を持つ前ならそう思ったかも知れぬ。
 なにしろ子供との接触頻度が低かったから。解らないものは理解できない。
 この文章を書いた人と同じ感想を抱いていた可能性も高い。
 だが、そう思っても態度に出さないのが文明人のスタイルだと思っている。

 しかし実際のところ。

 子供は理不尽だ。

 泣く喚く叫ぶ。理由が無いことも多々ある。話して解る訳もない。
 24時間子供の理不尽にさらされている母親が、聖人のように振舞えない事を責めても仕方が無い。

 親がちゃんと対応したら子供は「泣きも喚きもしないで清く正しく育つ」てのはファンタジーだ。
 ドラマや創作の中でしかあり得ない。

 子供というのは単純に「わがまま」な生き物だ。
 大人というのは我慢している子供なので、そういうふうに考えれば理解できると思うが。
 欲望に忠実な奴の欲望を満たし続けることは出来ない。

「欲望に忠実」なのは「裏表無が無い」ってことだから、一面から見れば天使の様だし、逆から見れば悪魔みたいなものだ。
「わがまま」に24時間は付き合っていれば感想も変わる。

 少なくとも理不尽を経験した人だと、同じようにイラっとしても違う感情を併せ持つだろう。

 優しい目線で話しかけても泣く時は泣く。
 そもそも泣く度に甘く接して居たら、それに味を占めてしまうかもしれない。
 子供に飴やるなよ。やらないようにしてる家庭もある。

 そういった具合に、全ての人にあらゆる状況にそれぞれの事情がある。それを「親が解決すべき事態」という視点で見ていたのでは何も解決しない。

 子供なんかは10分や20分関わるだけなら可愛いし、全てに対応出来そうな気もするけど24時間対応してるとそんなのは無理と解る。

 中国や台湾だと保育園が深夜まで子供を預かってくれる。
 イタリア等は、子供が深夜の飲み屋の中を走りまわってたりするという。
 日本の幼稚園は、9時から2時ぐらいしか預かってくれないし、月7万飛ぶ。保育園は待機児童で一杯だ。

 働き蜂(子供を諦め仕事を選ぶライフスタイル)の快適を求めた日本では、子供をつれた親の居場所が無い。
 社会が構成員の働き蜂化を求めた結果だ。働く事と消費する事に特化している。

 件の母親だって、子供の世話に24時間明け暮れていなければ「子供にやさしい顔を向ける」のはもっと簡単だ。
 ワーキングマザーだって、生活と健康と時間に余裕があれば「いいお母さんを演じる」事が出来るだろう。

 こうやって全てを「母親に背負わせる癖に誰も母親をカバーしない」のが一番酷い。

 そのしかめっ面の視線が、母親に「皆が見ている」と言わせてしまうのだ。



 釣りでもなさそうなのでナニだけれども。

 子供が泣くのは母親に甘えたかったからだろうし、母親に「皆が見ている」と言わしめたのは、しかめっ面の視線を向けた筆者のような態度だろう。
 老夫婦が話しかけたのは、筆者のしかめっ面を嗜めたんじゃないの。
 後、本当に子供に飴やるのは保護者に聞いてからにしてくれ。

 いくらなんでも、仕込みが多すぎる文章なんだけど、どーなの。
 これが、釣り文章でないなら自分はものすごく失礼な文章を書いてしまっているので謝罪する。



 ついでに。
 子供がギャーギャー泣いてたらうっとおしいと思うよ。多分その母親も同じだ。

 この場合筆者の視点が、たとえ本当にそう思っても体裁上書かないところまで書いているので。突っ込みを受けやすいんだとも思うが。

働きバチ化する俺たちとかでも書いたけど。
 これは個人の問題じゃなくて、社会のデザインの問題だ。
 みな仕事と消費に人生全部を傾けざるを得ない。
 母親が追い詰められるように、彼女にイラっとせざるを得ない人も追い詰められている。
 あれだけのバブルを経験して、なぜ豊かなあり方を構築できなかったのかは本当に残念。

2012/07/20(金) 00:28:20| 固定リンク|日記| トラックバック:0 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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