島国大和のド畜生
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違う角度からゲームの面白さの話をしよう。
 違う角度からゲームの面白さの話を考えてみる。


 ゲーム、この場合ビデオゲームの事を指す。

「ゲームとは何ぞや」はこれまで何度も語っている内容で、それは「出題、回答、褒章」だったり「努力が報われる仕組み」だったり「能力判定装置」だったりした。

 今回は「才能を褒める装置」としての角度から見る。



 ビデオゲームは、何らかの才能を褒める装置である場合が殆どだ。

 テトリスが図形認識と手先の器用さの採点装置であったり、シミュレーションゲームが戦術力の採点装置であったりするのは、見りゃわかると思う。それが上手い奴を点数や演出で褒める。

 アクションゲームも指先能力や、ルールの理解力の採点装置である。それを褒める。

 RPGは、ある種の繰り返しに耐える能力や、ショートカットを見つける能力(見つけなくてもクリアできる)を褒める。

 世の中、努力が報われる事などマズ無いし、社会で役に立つ能力は、社会で役立てりゃいいから、ゲームは、そういうところで報われないところを、拾い、採点し、褒める。

 これは現実逃避とかそういうものではない。評価軸が1コしかない世の中なんてつまらない。
 スポーツだってそういうもんだし、そもそも貴族の遊びってのはそういうもんだ。(私感)
 何の役にも立たないラグビーとかさ。
 現実だけに生きたいのならば、野人のように生きればいい。(私感)



 個人的な話だけど。
 この、「ゲームがナニを褒めるか」が、戦略眼であったり、手先の器用さであったり、集中力であったりした時は良かったと思う。
 それは、正しく「ゲームの面白さ」だと思うからだ。(重ねるが私感)

 最近話題の「稼いでいる」ゲームが、ナニを採点し、褒めているか。色々と考えさせられる。

2011/06/19(日) 00:28:32| 固定リンク|ゲーム| トラックバック:2 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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