島国大和のド畜生
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創作物的排泄物の話
■創作物的排泄物
 それはいったい誰のものか。という話があって。
 漫画が漫画家のものか編集者のものか。みたいな。
 ネットゲームが開発のものか運営のものか。みたいな。
 映画がプロデューサーのものか、ディレクターのものか。みたいな。


 漫画家が漫画を描くのは食う為なので、編集者の意向に逆らうには、それなり以上の人気とスキルが必要だ。食えなくなったらどうすんだ。
 ちなみに編集のテコ入れで人気が下がって食えなくなっても、編集者は次の漫画家で稼ぐだけ。

 たとえ話だけど。
 オレが絵を描くのはガス抜きと息抜きなので、誰もクチをはさめない。商業的価値がないから誰もハナからクチを挟まない。

 オレが文章を描くのは、ガス抜きと息抜きだけど、多少の金銭が発生する時は、だれでも自由にクチを挟める。オレ自身が文章で食ってるわけではないので、文章のリテイクにまったく抵抗が無い。
 どっちかというと、落としどころにいつも困ってるので、クチはさんでもらえるとラクだ。
 方向バラバラに複数人がクチを挟んでその間で苦悶するという事はやった事が無い。

 オレがゲームを作るのは、仕事なので、その中身はそれぞれの人がそれぞれのポジションにそって、クチを挟める。
 時々あきらかなポジション超えのクチを挟む奴は、「ユーザーが」という免罪符を振り回すんだけど、そのリアルな数字は出てこない。脳内ユーザー会議は辞めて頂きたい。
 方向バラバラに複数人がクチを挟んでその間で苦悶するというのは良くある話。
 同じ思いを他のヒトにさせたくないので、ヒト様のプロジェクトにクチを挟むのは大変躊躇する。


 作品でも商品でも、「それ」の為にもっとも汗をかいた奴に権利があると思いたい。(否金銭的権利)

 あるプロジェクトが誰かのおかげで回転したなら、それはソイツのプロジェクトだと思う。営業でもユーザーサポートでも出資者でもプログラマでもデザイナでも企画でもバイトでも。
 もちろん実態はまったく違うんだけども、そういう思いはある。

 だからヒト様のプロジェクトにヨコからかかわる時は、これは誰のプロジェクトか、というのを自分の価値観に照らして考える。


 オレはよく、

「最後まで面倒見る奴には逆らわない」

という言い方をする。

 例えば。漫画家って、編集やアンケートに作品を弄繰り回されて自分で自分の漫画に愛を感じなくなっても、書き続けるのは彼だから、やはり作品は彼のものだと思う。
 もし、自分で書かずにアシスタントに指示してるだけで、思い入れもカロリーもたいして使って無いなら、彼の作品とは思わない。

 例えばゲームも。
 仕様変更だ、追加仕様だを。ヒーヒーいいながら全部チェックして関係者間を調整する奴がいるならば、最後の良し悪しは、その面倒見る奴が決めるんだから、ソイツの意見が最重要だ。だってソイツが手を抜いたらクソゲーになるんだもん。

 最後まで面倒見る奴の意見を無視すると、基本クソゲーになるのは間違いない。

 誰もが愛を持たずにやった仕事で、ホームラン打てるほどヒトはマシーンじゃないから。

 自分で作った事の無い奴は、安易にクチを挟むが、そのコストが解らない。コストのわからない奴の為にキモチ良くは働けない。そして愛の無いモノが量産される。

 そういうゆがんだ空間を横目に見てると。難儀だなと思う。


 まー。大変ぶっちゃけた話。
 儲かってりゃだれも文句言わないし、利益が落ちてきたらテコ入れする為に外野がいっせいに騒いで余計迷走する。

 外野が騒ぐままに手を動かすようになると当事者意識がなくなる。

 当事者意識の無い奴の作品て面白さがまるで無いんだよな。

「俺はコレに命かけてんだよ!面白くなかったらオレの所為だが、面白かったらオレが神なんだよ!」

 心の隅でもいいから、それぐらい思って作って欲しいわ。
 そういう考えで死ぬほど疾走する奴は、ちゃんとサポートしたい。
 そういう覚悟なしで、適当なこと言う奴(言うだけはタダだけど実行力伴う奴)は、爆発していただきたい。

 当事者から一歩離れるとオレみたいな我の強い奴ですら、二歩も三歩も譲歩する。
 それは物を作るってのは、どうしても個人の思いに依存する部分が大きいから。

 そこの線引きがわからない奴はどうせ一生わからない。物作った事ないんだもん。

 はー。酒でも飲んで寝るか。

 

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