師匠筋の言葉だが
「世界はクソゲー力(ちから)に満ち溢れていて、
普通にゲームを作れば必ずクソゲーになる」
というものがある。
これは真実だと思う。
この通りに作れば面白いゲームが出来る」という仕様書を作るのは不可能に近い。
紙に全ての要素を書くのは不可能だし、インタラクティブかつリアルタイムなものを全て説明できた頃には完成品が出来てる。
設計図どおり作っただけではゲームとしては面白くならないのだから、サラリーマン的な気分でゲーム制作を行えば、それはもうクソゲーしか出来ない。
これを回避するには、愛しかない。(悪い意味で)
元エントリでは、プロデューサーのみが悪いような書き方だが、ソレは違う。
ゲームというのは、普通に作ればクソゲーなので、誰がそれにブレーキをかけるかだったりする。
たった一人の企画が、アチコチ走り回って進行を追廻し、仕様書を弄り回してソコソコに完成させたパターンを知っている。
プログラマが、気を利かせて、なんとかまとまったプロジェクトだってある。
デザイナの頑張りで、本来完成するゲームより一ランク上の見た目を獲得したゲームは数多くある。
プロジェクトに参加している以上、クソゲー化を防ぐことは多かれ少なかれ、誰だって貢献できる。
プロデューサーが出来る奴なら、採算が取れるものにするために、追加予算引っ張ってくるかも知れぬ。(それでさらにハードルは上がる)
何処までやるかの、ハードルを下げ、期間内予算内でギリギリペイするラインを模索する手も有る。
あまりにもプロデューサーがダメな奴の場合、現場からソフトにパージするという手もある。
それでも。そこまでやってもクソゲーは出来る。
工業製品は、用件定義通りに出来れば良いけど、ゲームはプラス「面白い」必要がある。
バグ取るだけでも、データを全部揃えるだけでも大変でその上「面白い」が必要。でも当たり前。ゲームを買う人は「面白い」にお金払ってるんだから。
なので、ゲームで遊んでいて。それがもし面白かったら。
何か物凄い努力か、凄まじい大金がかかってる。
そんなことを意識する必要は無いけど、ゲームってそういうもんだし、クソゲーってそういもんだと思う。


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