島国大和のド畜生
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希望を捨てるのは勇気とは言わない。
希望を捨てる勇気(池田信夫 blogさん)
日本は現在の欧州のように落ち着いた、しかし格差の固定された階級社会になるだろう。ほとんどの文明は、そのようにして成熟したのだ。「明日は今日よりよくなる」という希望を捨てる勇気をもち、足るを知れば、長期停滞も意外に住みよいかもしれない。幸か不幸か、若者はそれを学び始めているようにみえる。
 全くその通りだと思うけど、全く賛成しない。
 格差の固定化は、殆どの人に取って悪であるから、それを肯定する言説を良しとはしたくない。

 椅子を得た老人に「お前らの椅子はもうないから、希望を捨てよ。」
 と言われて「はいそうですか」とは言えまい。
 そうやって挑発されて、若者が行動に出れるかと言えば残念ながら無理だ。

 そもそも、若者が政治にコミットしないのではなく、コミットしても影響力を発揮できないんだもん。日本の人口ピラミッドを見れば、若者世代が協力しても、老人世代に大差で負ける。
 選挙は1票の格差が大きく、地方が有利であり、その地方は老人ばかり。
 若者が若者に向けた政治的活動をする道はすでに閉ざされている。いまさら若者人口は増えないんだから、八方ふさがり。移民をする?それはまた別の権益層が増えるだけでさらに、既存の若者の影響力が低下する。

 言えば、これは世代間闘争だけど、本質的な問題は、世代間闘争では無い。
 世代格差を利用した、別種の支配だし、その支配は目的を失って、支配の為の支配になってる。
 結果的に行われているのは、ある種の愚民化政策と分断統治のような何か。その結果、国が栄えるわけでもない。

 そりゃもう、自分たちの無力に絶望するさ。(俺も若者って年齢じゃないけどさ)

コメント欄より
だれもが「このままではだめだ」と気づかないかぎり、現状を変えるエネルギーは出てこない。まだ絶望が足りないのです
 「絶望が足りない」ではなく、もっと深く絶望してる。
 選挙に行けば、すこしでも良くなるなら、行くだろう。暴動起こせば世の中が変わるなら、暴動も起きるだろう。何も変わらないことを学ばされてしまっている。
 たまに歯止めを失った無差別殺人等の事件が発生して、それも忘れ去られていく。

 そんな状況を「希望を捨てて受け入れろ」ってのは、無いだろう。

 まだ自力でどうにか出来る分、モチベーションぐらい自分で高めろって方がマシだろ。

希望に関する本。

2009/04/21(火) 10:53:08| 固定リンク|日記| トラックバック:0 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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